第19話:刻印の目覚めと選ばれし「器」
すみません。遅れちゃいました。
では続きを!
氷の伽藍に満ちていた真紅の輝きが、一箇所へと収束を始めた。
ルシアの足元にまで忍び寄っていた、あの実体なき「黒い影」――魔物の残滓が、磁石に吸い寄せられる砂鉄のように、ドラゴンスレイヤーへと流れ込んでいく。
ズウゥ……、と。
空気が震えるような低い音が鳴り響き、影は柄の根元に埋め込まれた「眼」のような結晶へと吸い込まれていった。
その瞬間、濁っていた石がカッと見開かれ、ルシアを射抜くような鋭い光を放った。
(――……やっと……)
脳裏に響くドラゴンの声は、もはや悲しげな鳴き声ではなかった。
それは、永劫の孤独から救い出された子供が、親の腕に飛び込んだ時のような、歓喜と安堵に満ちた震えだった。
「もしかして……お前、ずっとこれを待ってたのか?」
ルシアは、痺れる腕で剣を握りしめたまま、独り言を漏らした。
やっとこれを引き抜く誰かが現れたこと。
自分という、魔力を持たず、邪心も抱けぬほどの「ただの寝不足の男」が、この禁忌の武器を手にすることを、この残滓は……このドラゴンの幼生は、どれほどの時を待っていたのだろうか。
ルシアは頭をフル回転させ、目の前の状況を必死に理解しようとした。
少しでも油断すれば、このあまりにも巨大な「伝説」の奔流に意識を飲み込まれ、二度と自分に戻ってこられない予感があった。
(……笑っちまうな。特賞なんて、当てるもんじゃない)
禍々しくも重い剣。
これを手にした者が受け止めるべき世界の重圧。
それは、英雄としての名声などという生易しいものではない。
この剣に宿る「孤独」と「憎悪」、そして「期待」をすべて背負い、世界という名の盤面で、最後の一手を指すための駒になるということだ。
その理由が、氷のような冷たさで、ルシアの芯に少しずつ染み込んでいった。
だが、それでも。
ルシアにはまだ、現実味がなかった。
自分はただの流れ者で、昨日は薬草を探していて、そして今、寝不足で猛烈に眠い。
それだけの事実の方が、目の前の伝説よりもずっと「本物」に感じられたのだ。
ルシアは伝説の剣を握ったまま、ゆっくりと、静かに背後を振り返った。
ロゼリア、エルド、リフル、ヴァルガス……。
自分をここまで連れてきた者たちの顔を見るために。
「!!!」
その瞬間、全員が絶句した。
エルド司祭は杖を落とし、ヴァルガスは声を失い、リフルは真顔に、そしてロゼリア・ウォーハートは、その碧い瞳をかつてないほど大きく見開いて、ルシアを凝視した。
「ルシア……あなたの、額……」
ロゼリアの震える指が指し示した場所。
ルシアの額には、うっすらと、だが確かな輝きを伴って、複雑な「紋章」が浮き上がっていた。
それは龍の瞳のようでもあり、あるいは王冠を戴いた剣のようでもある、古の呪印。
その刻印は、ルシアがもはや「観客」ではなく、物語の「当事者」になったことを、残酷なまでの美しさで証明していた。
「あ……。あぁ……っ! 預言は真実だった! これこそが! これぞ正しき勇者の証!」
エルドが我を忘れて叫び、氷の床に額を擦りつける。
ルシアは、そんな狂乱を冷めた目で見下ろし、氷に反射する己の刻印を確かめ、ただ一言、掠れた声で呟いた。
「……これ、消えないのかよ。目立つだろ、これじゃ」
英雄?勇者?の誕生という神話的な瞬間。
その主役は、あまりにも場違いなほど、自分の「平穏な日常」が崩れていくことを嘆いていた。
ルシアはどうなってしまうのか!
明日は必ず20時に!




