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⚔️伝説の剣。福引きしたら、ドラゴンスレイヤーだったらしい……。  作者: 黒武者


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第15話:幻影の小竜と、薄明の外套

遅くなりすみません。

 迷宮の空気は、もはや「気体」というよりは「重り」に近かった。


湿り気を帯びた冷気は、衣服の隙間から這い入り、肌をなで、骨の髄までじわじわと浸食してくる。


一行の足音は湿った石畳に吸い込まれ、松明の灯火だけが、絶望的なまでに深い闇をわずかに押し返していた。


ルシアは、自分の呼吸がひどく浅くなっていることに気づいた。


どれほどの時間、この一本道を歩き続けているのだろうか。数時間か、それとも数日か。時間の感覚は、暗闇の中で溶けて消失していた。


(……見られている)

その感覚は、唐突に訪れた。


 松明のオレンジ色の光が届く限界、その向こう側の漆黒に、異なる質感の「影」が潜んでいた。


それは、ルシアの視線に呼応するように、じっとこちらを覗き込んでいた。


闇の中から浮かび上がったのは、二つの小さく、丸い目だ。


伝説に語られる、街を焼き払い、山を穿つ邪悪な古竜の、あの灼熱の瞳とは似ても似つかない。


 どちらかと言えば、道端で見捨てられた子犬のような、あるいは迷子になった幼子のような……あまりにも無垢で、哀しげな光を宿したドラゴンの幼生。


(……幻だ。そうだ、俺は寝てない。福引でこの剣を引き当ててから、まともに眠れた夜なんて一度もなかった。だから、脳が勝手に変なモンを見せてるんだ。そうに決まってる)


ルシアは、自分の思考さえも泥の中に沈んでいくような感覚に陥っていた。


覚醒と睡眠の狭間。夢がうつつを侵食し、境界線が曖昧になる。あの小竜は、俺の「不運」が、孤独な魂が作り出した幻影か、あるいはこの迷宮そのものが見せている「誘い」なのか。


その瞬間、思考の泥沼を切り裂くような、高く鋭い声が響いた。


「――シア、ルシア! ねえ、ちょっと大丈夫!?」


鼓膜を揺らすその声に、ルシアは跳ね上がるように意識を引き戻した。


網膜に焼き付いていたはずの小竜の影は、霧が晴れるように消え失せていた。


「え……? ああ、えっ?」


間の抜けた声を上げたルシアの目の前には、心配そうに――そしてどこか面白そうに、至近距離から顔を覗き込んでいるリフルがいた。


「あなた、本当にもう限界なんじゃない? さっきから目が据わってるわよ。白目も真っ赤だし、幽霊にでも取り憑かれたみたいな顔してるわ」


 リフルの、土足でパーソナルスペースを侵略してくるような勢い。普段なら閉口するところだが、今のルシアにとっては、その遠慮のなさが逆に「現実」への強力ないかりとなっていた。


「……いや、なんか、幻覚のようなものを見た気がしてさ。小さくて、丸い目をしたトカゲみたいな……」


「トカゲ? ふふん、それってお宝の精霊とかじゃないかしら! もし次に見つけたら、迷わず捕まえてよね。ベルシュタイン家のコレクションに加えなきゃいけないんだから!」


リフルの屈託のない笑い声が、狭い通路に反響する。その響きが、先ほどまでルシアを支配していた不気味な気配を完全に霧散させていた。


 ふと足元を見ると、道は変わらず一本に続いており、先ほどまでそこにあったはずの分岐点も、小竜がいたはずの窪みも見当たらない。


 ダンジョンが生き物のように構造を変えているのか、それとも単に自分たちの感覚が極限状態で狂い始めているのか。


 その時、暗闇の奥から一筋の冷たい風が、刃のように吹き抜けた。


松明の炎が狂ったように激しくなびき、湿った空気が一行の体温を容赦なく奪っていく。迷宮の「底冷え」が、本格的に牙を剥き始めた。


「ふえぇ……寒いっ! なによこの風、氷を直接ぶつけられてるみたいじゃない。……やっぱり、この服はちょっと薄着すぎたかしら」


リフルが小さな肩をすくめ、自分の二の腕を必死にこすった。


 忍びのような機動力を重視した彼女の軽装では、この迷宮の執拗な冷気に耐えるのは限界があった。


 鳥肌を立て、震える彼女の姿は、先ほどまでの威勢の良さが嘘のように小さく見えた。


 その様子を、数歩先で黙って見ていた聖騎士ロゼリアが、静かに動いた。


 彼女は掲げていた松明を、横にいた護衛兵ヴァルガスに無造作に押し付けるように渡すと、騎士団の予備荷物の中から厚手の外套を一着、取り出した。


「……着ていなさい。風邪を引かれて、いざという時に足手まといになられては困るから」


ロゼリアはさらりと、リフルの華奢な肩に外套をかけてやった。


言葉こそ相変わらずぶっきらぼうで、突き放すような冷たさを含んでいたが、その手つきは驚くほど丁寧で、そして、しなやかな慈愛に満ちていた。


「あ、ありがとう、お姉さま……! 嬉しい、あったかい……お姉さまの匂いがする……!」


リフルの大きな瞳に、みるみるうちに感激の涙が溜まっていく。彼女は自分には大きすぎる外套の襟元に顔を埋め、まるで忠実な子犬のようにロゼリアを見上げた。


(……あの人、本当に完璧すぎるだろ)

ルシアは、その光景を遠い目で見つめていた。


自分は得体の知れない幻覚に怯え、少女は憧れの聖騎士に心酔し、司祭は後ろでブツブツと聖典の句を唱えながら手柄の算段を立てている。ヴァルガスは、まあ相変わらずだが。


この歪で、今にも崩れそうなパーティを乗せたまま、迷宮の風はさらに勢いを増していく。


その風は、冷たさだけでなく、何かが焦げたような、あるいは古びた血のような――

「何か」の濃密な匂いを孕んで、一行の行く手を阻むように吹き荒れ始めた。



次はどうなる!?


明日は必ず20時!

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