第12話:骨の摩天楼と、静かなる捕食者
ここ選んでよかったの?
三つの暗い口を開けた分岐点の前で、ルシアは立ち尽くしていた。
左の穴からは、生理的な嫌悪感を呼び起こすような「異質な音」が響いている。それは粘つく肉が擦れ合うような、あるいは巨大な肺が喘いでいるような、悍ましい音だった。
(……左は絶対にない。あんなところに入ったら、一歩目で食われるに決まってる)
ルシアは逃げるように視線を真ん中の穴へ移した。そこは比較的静かで、奥からは微かに風が吹き抜けている。ここなら……そう思い、ルシアが震える足を踏み出そうとした、その時だった。
「……ッ!?」
脳髄を直接掴まれるような、魂を震わせる咆哮が、真ん中の穴の奥から聞こえた気がした。それは獣の叫びというよりは、この世ならざる「概念」が上げた産声のようだった。
「ええっ!? 今、聞こえた!? みんな、今の聞こえたよな!?」
ルシアが半狂乱で振り返るが、騎士団の面々やエルドは、怪訝そうな顔で顔を見合わせるばかりだった。
「ルシア殿、何を申しておるか。……私には、何も聞こえませんでしたが?」
「嘘だろ!? あんなバカでかい声が……ロゼリアさんは!?」
先頭のロゼリアは、ソード・オリヴィアの柄に手をかけたまま、険しい顔で真ん中の穴を凝視している。
「……音は聞こえない。けれど、凄まじい『圧』を感じるわ。あの中には、今の私たちが触れていいレベルではない『何か』がいる」
「ほら見ろ! ここもヤバいんだよ! ……じゃあ、消去法だ。右に行く! 右ならまだマシなはずだ!」
ルシアは、追い詰められた鼠のように右の穴へと飛び込んだ。
エルドは「ふむ……英雄の直感が右を選んだのですな。参りましょうぞ!」と尊大に追従し、一行は右の回廊へと吸い込まれていった。
だが、右へ進むにつれ、空気は一層冷たく、乾燥した「死」の匂いを帯び始めた。
松明の明かりが岩壁を照らすたび、ルシアの足元で「パキッ」と乾いた音が響く。
「……何だ、これ。流木か……?」
ルシアが足元を見やると、そこには白く風化した「骨」が転がっていた。
最初は小鳥や小動物のそれかと思われたが、奥へ進むほど、その数は異常なまでに増えていく。
鹿、狼、そして――明らかに人間と思わしき大腿骨や頭蓋骨が、所々に無造作に打ち捨てられていた。
(……失敗した。ここ、選んじゃいけない場所だったんじゃないか?)
ルシアの心臓が早鐘を打つ。
やがて、一行は巨大なドーム状の空洞に辿り着いた。そこには、想像を絶する光景が広がっていた。
「……これは、一体何事ですかな」
エルドの声から、いつもの余裕が消え失せる。
松明の火が照らし出したのは、天井まで届かんばかりに積み上げられた、膨大な数の「骨」だった。
だが、それはただの山ではない。骨と骨が、目に見えぬ何かの力で複雑に組み上げられ、まるで巨大な塔や回廊を形作っているのだ。
「骨の……摩天楼……」
ルシアの口から、無意識にその言葉が漏れた。
見渡す限りの骨、骨、骨。かつてこの迷宮に挑んだであろう冒険者たちや、棲息していた魔物たちの残骸が、何者かの手によって「建築物」へと作り替えられている。
「みんな、気をつけて……何かいる!」
ロゼリアの鋭い警告と共に、松明の火が激しく揺れた。
骨の摩天楼の隙間から、カチカチと乾いた音が響き渡る。
「……これだけの骨。おかしいですよ。まるで、ここに集まった獲物が、組織的に『食べられた』あとのようだ」
騎士団の一人が呟く。その言葉は、最悪の正解を射抜いていた。
骨の塔が、ゆっくりと、意志を持っているかのように動き始める。その隙間から覗くのは、獲物の肉を効率よく削ぎ落とすための、無数の触手か、あるいは――。
「ルシア殿! 待たれよ、下がってはいけませんぞ! お主の運が、我らをここへ導いたのです! この骨の山を、お主の剣でなぎ払うのですぞ!」
エルドがルシアの背中を押し出す。ルシアは、腰が抜けそうになりながら、目の前に立ち塞がる「死の建築物」を見上げた。
(冗談じゃねえ……! 俺の不運、いくらなんでもやりすぎだろ!しかも剣なんて持ってねえし)
寝不足のルシアの目に、骨の隙間からこちらを覗く、無数の「目」が見えた気がした。
これ、一体何?
続きは明日も20時です!




