フェーズ3:昼の八つ
同時刻、二条邸。01:00PM
窓越しの光が畳に格子模様を描いている。
関白・二条斉敬と一橋慶喜。
向かい合って座る二人の間に置かれた茶は、もうすっかり冷めていた。
「…大樹公(家茂)の上京については、在京諸侯の意見もおおむね一致しておるのや。いまさら逡巡しはる理由などないはずどす」
「しかし大樹公をお連れしたとして―再び異国と戦端が開かれた時、誰がその責めを負うのです?」
「なにをいまさら…徳川は、この二百年ものあいだ、政を預かっておるのじゃ…」
二条は思わず声を荒げた。
「わたしには、大樹公を生贄に捧げよという風に聞こえますなあ」
二条は唇を噛んだ。
「…では、このまま指をくわえて時が過ぎるのを待つと?」
慶喜の口角が、わずかに上がった。
「待つのと待たせるのはちがう」
「あーもー埒が開かん!」
ここで中川宮からの返書がきたと報告があり、二条は一旦席を外した。
廊下に出ると、正親町三条実愛が近づいてきて二条に声を掛けた。
「すこしお休みになられては?」
二条は下腹部を押さえて、苦々しく顔を歪める。
「明日の評議までに二心殿の言質を取らねばならぬ。ううむ…。麿は心痛でお腹が痛とうなってきたわい。使者は待たせておけ」
そう言い捨てると、足早に厠の方へ消えていった。
ちょうどその時。
二条屋敷の門に、会津藩公用人、野村左兵衛が駆け込んできた。
「ごめん!一橋殿はまだこちらにいらっしゃるか?」
01:15PM。
ここで、野村の視点に切り替えよう。
「……少々、お待ちを」
二条家の取次が慇懃に頭を下げ、奥へと消えていった。
野村は「控えの間」の畳の上で、ぎゅっと腹を押さえながら、二条関白に待たされている使者と仲良く「控えの間」に並んで座った。
「…うう。あれ、おかしいなし。余計に痛くなってきたべ…土方の奴、何の薬を渡しおった…」
野村は脂汗を浮かべ、便意に痺れを切らして、隣に座る使者に声を掛けた。
「…ずいぶん待たされますな」
使者はどこか面白がるように目を細めて答える。
「一橋公との調整が難航しておるようどすなあ。奥では今、化かし合いの真っ最中どす」
「さようで。…いや、左様どすか。…そいで、まったぐ尾籠な話で恐縮なのですが。その、ちと食あたりを起こしたようで……厠ばお借りしてよろしいべか…」
「そこの突き当りを右に行けば勝手がおじゃります。出て左が樋殿(トイレ)どす」
「かたじけない…」
野村は小走りに出て行って、…こちらもトイレ休憩に入ってしまったので、更に別のチャンネルへ切り替えてみよう。
01:10PM。
壬生の新選組屯所では、原田左之助たちが相変わらず不毛な押し問答を続けていた。
「だーかーらー!お前が行けっての!」
原田が岸嶋芳太郎の肩を小突いたが、相手も一歩も引かない。
「そんなの私の仕事じゃないし!」
「んだとこら?これはアレだかんな?上司命令だかんな!」
「はあ?そりゃこれが、抜き身を提げた長州藩士が来たってんなら私だって従いますよ?断れば士道不覚悟で切腹を命じられたって納得もしますけど!変態女の相手なんか、わたしのお役目じゃないもの!」
「ああ!おまえ言ったな?なにその正論!あー腹立つ!」
「あのー、てか原田さん。俺、小便行ってきていいすか?」
「てめ、逃げんなよこら!」
…無駄に長く尺を使ったので、次に行きたい。
江戸、赤坂本氷川坂下。
01:20PM
勝海舟はムクリと立ち上がった。
「どちらへ?」
「おう、あんまし暇なんで昼間っから酒を過ごしちまった。ちと小便だ」
「お供しもんそ」
…これはスイッチングの不備ではなく、歴史の裏では、当事者ですら気づかぬままに、このようなシンクロニシティも起き得るというひとつの証左であろう。




