番外編⑨
文化祭の人混みの中で、賢正はやけに上機嫌だった。
「いや〜、文化祭って最高だよなあ」
「うるさい」
即座に返ってくる佳苗の一言にも、まったくへこたれない。
二人は並んで歩いていた。
賢正はクラスTシャツ、佳苗は少し袖をまくっていて、いかにも“慣れた二人”という距離感。
「でもさ、佳苗」
「なに」
「デート感、なくない?」
「あるでしょ」
佳苗は即答する。
「人混みで迷子にならないように、ちゃんと腕掴んでる」
そう言って、賢正の腕をきゅっと引く。
「ほら」
「……あ、ほんとだ」
賢正は一瞬きょとんとしてから、にやっと笑った。
「佳苗って、こういうとこ可愛いよな」
「はいはい」
軽くあしらいながらも、腕は離さない。
屋台エリアで、賢正が足を止める。
「焼きそばとたこ焼き、どっち行く?」
「半分ずつ」
「即決かよ」
「賢は絶対どっちも食べたい顔してる」
図星だった。
「……よく分かってんな」
「何年一緒だと思ってるの」
二人でベンチに座り、紙皿を並べる。
「瑞姫たち、どこ回ってるかな」
賢正が言うと、佳苗は少しだけ目を細めた。
「多分まだ私たちのクラス」
「あー、バンドだっけ」
「うん」
一瞬の間。
「……瑞姫、幸せそうだった」
「見てたの?」
「ちょっとだけ」
佳苗はそう言ってから、肩をすくめる。
「大丈夫でしょ。あの二人」
「だな」
賢正はたこ焼きを口に放り込みながら言った。
「瑞姫ちゃんも榊も、真面目すぎるくらいだし」
「それな」
同意しつつ、佳苗は焼きそばを一口。
「私たちは?」
「ん?」
「私たちは、どう見えると思う?」
賢正は少し考えてから、笑った。
「安定感ありすぎカップル」
「……褒めてる?」
「もちろん」
そう言って、佳苗の頭にぽん、と手を置く。
「一緒にいんのが当たり前って感じで」
佳苗は一瞬だけ驚いた顔をして、すぐにそっぽを向いた。
「……そういうの、文化祭終わってから言えば」
「今言いたいんだって」
「ばか」
でも、声は柔らかかった。
夕方の放送が流れ始める。
「そろそろ帰る?」
「そうだな」
立ち上がるとき、賢正が自然に手を差し出す。
佳苗は一瞬だけためらってから、握った。
「……来年も一緒に回ろう」
賢正が言う。
「当たり前」
佳苗はそう答えて、少しだけ歩幅を合わせた。
文化祭の喧騒の中。
この二人は、この二人なりに、
ちゃんと“デート”をしていた。




