第13話⑧
人混みを抜けて、校舎の外に出ると、少しだけ空気が落ち着いた。
「……やっと二人だね」
私がそう言うと、詩友は小さく息を吐いた。
「正直、あれは想定外だった」
「でしょうね。囲まれてたし」
「逃げ場なかった」
そう言いながら、詩友は私の手を自然に取る。
文化祭のざわめきの中でも、その仕草だけは迷いがない。
「デート、するんだろ」
「うん。文化祭デート」
そう言った瞬間、胸がふわっと浮く。
まずは、校庭の屋台エリア。
焼きそば、クレープ、チョコバナナ。
甘い匂いと、鉄板の音。
「なに食べる?」
「瑞姫が決めろ」
「じゃあ……クレープ」
「甘いな」
「嫌ならいいけど?」
「嫌とは言ってない」
結局、二人で一つを半分こすることになった。
ベンチに並んで座って、紙に包まれたクレープを覗き込む。
「……どうやって食べる?」
「端から」
「クリーム落とすなよ」
「それ詩友でしょ」
案の定、先にクリームを落としたのは詩友だった。
「あ」
「ほらー!」
「……見なかったことにしろ」
「無理」
笑いながら、ナプキンを差し出す。
こういう、どうでもいい時間が、すごく楽しい。
次は、校舎内。
お化け屋敷の前で立ち止まると、詩友が一瞬だけ視線を逸らした。
「……入る?」
「苦手?」
「別に」
一拍置いて。
「瑞姫が怖がるなら、腕貸す」
「私が!?ないないー」
「じゃあ俺が怖がる」
「それはそれで見たい」
結局、二人で入ったお化け屋敷は、
驚くほど平和に終わった。
というか。
「……瑞姫」
「なに?」
「ずっと腕掴んでる」
「だって急に出てくるし!」
「さっきから、何も出てきてない」
「雰囲気が怖いの!」
外に出たとき、詩友は少しだけ満足そうだった。
「役得」
「最低」
でも、手は離さなかった。
夕方になって、校舎の影が長くなる。
中庭では、軽音の後片付けが始まっていて、
ステージのあった方向を見ると、さっきまでの熱気が嘘みたいだった。
「……さっきのライブ」
私が言うと、詩友は足を止める。
「どうだった」
「かっこよすぎ」
即答。
「黙ってたの、まだ根に持ってるけど」
「ごめん」
「でも」
一歩近づいて、声を落とす。
「……私だけ見てたでしょ」
詩友は、少し驚いた顔をしてから、目を逸らした。
「……ああ」
「瑞姫がいたから、歌えた」
胸が、ぎゅっとなる。
「……文化祭、楽しいね」
そう言うと、詩友は静かに頷いた。
「瑞姫となら」
校内放送で、終了のアナウンスが流れる。
名残惜しさを抱えたまま、校門へ向かう。
「また忙しくなるね」
「それでも」
詩友は、私の手をぎゅっと握る。
「時間見つける」
「うん」
文化祭の一日。
特別なことばかりじゃないけど、
全部が、ちゃんと“恋人”の時間だった。
――来年も、再来年も。
そう思ってしまうくらいには、
私は今、幸せだった。




