第13話⑦
最後の音が切れて、歓声が一気に弾けた。
拍手。
口笛。
どよめき。
ステージの上で一礼した詩友が、マイクを置いて袖へ下がっていく。
――今だ。
私は人の流れを縫うように、一歩前に出た。
「詩友――」
そう呼ぶ直前だった。
「え、今の人でしょ!?」
「ボーカルの人!」
「やば、普通にかっこよくない?」
一気に、視界が塞がれる。
詩友を中心に、女子の輪ができていた。
しかも、見慣れない制服。どうやら他校の子たち。
「写真いいですか?」
「連絡先とか……」
次々に飛ぶ声。
詩友は戸惑った顔で、一歩引いているけれど、
人が多すぎて、すぐには抜けられない。
私は、少し離れた場所で立ち止まった。
……近づけない。
胸の奥が、またざわつく。
さっきまで、
あんなふうに私と目を合わせて歌っていた人が、
今は、別の誰かに囲まれている。
「……そりゃ、そうだよね」
あれだけのパフォーマンスをしたら。
しかも、あの見た目で。
人気が出ないわけがない。
分かっている。
頭では、ちゃんと。
でも。
指先が、ぎゅっと制服の裾を掴んでいた。
「瑞姫」
不意に、横から声がした。
「……佳苗」
「顔、分かりやす」
佳苗はそう言いながら、ちらっと詩友の方を見る。
「心配?」
「……ちょっとだけ」
正直に言うと、佳苗は小さく息を吐いた。
「榊さ」
「逃げ腰なの、見れば分かるでしょ」
言われて、もう一度詩友を見る。
確かに。
笑顔で対応しているわけでもなく、
ただ、失礼にならないように、最低限の返答をしているだけ。
そのとき。
「悪い」
詩友の声が、はっきり聞こえた。
「写真とか、そういうのは無理」
女子たちが一瞬、言葉に詰まる。
「俺、彼女いるから」
――。
心臓が、跳ねた。
「え……」
「だから、ごめん」
それだけ言って、詩友は一礼し、
人の隙間を縫って、こちらに向かってくる。
そして。
「瑞姫」
まっすぐ、私の名前。
目の前で、立ち止まる。
「待たせた」
「……っ」
何も言えなくなった。
佳苗が、にやっと笑って一歩引く。
「じゃ、私は仕事戻るわ」
空気を読んで去っていく背中を見送りながら、
私は詩友を見上げた。
「……黙ってたの、ずるい」
「言ったら、驚かせられないだろ」
「そういうとこ!」
文句のはずなのに、声が震える。
詩友は、少しだけ照れたように視線を逸らしてから、
小さく言った。
「……瑞姫が見てくれてたなら、それでいい」
胸が、いっぱいになる。
「……かっこよかった」
そう言うと、詩友は一瞬だけ目を丸くして、
それから、困ったように笑った。
「……それ、今言うな」
「なんで」
「調子に乗る」
「もう乗ってたじゃん」
詩友は何も言い返せず、
代わりに、そっと私の手を引いた。
人混みの中。
誰かに見られても、もう構わないみたいに。
文化祭の喧騒の中で。
私は、改めて思う。
――この人が、私の彼氏でよかった。
胸の奥に残っていた不安は、
いつの間にか、すっかり消えていた。




