第13話⑤
「だから」
詩友の声は、いつもより少しだけ硬かった。
「圭に対しては、誤魔化しなんてしたくない」
その言葉に、圭が小さく目を見開く。
「俺には、もう付き合ってる人がいる」
一瞬、世界が止まった気がした。
「……瑞姫だ」
はっきりと。
迷いも、ためらいもなく。
胸の奥が、ぎゅっと締めつけられて、次の瞬間、ふっと緩んだ。
「だから、圭の気持ちは嬉しいけど、応えられない」
詩友は視線を逸らさずに続ける。
「それと……できれば、このことは、まだ秘密にしてほしい」
「文化祭前で、余計な噂を立てたくない」
圭は少しだけ唇を噛んで、それから、ゆっくり頷いた。
「……分かった」
声は震えていたけれど、無理に笑ったりはしなかった。
「正直に言ってくれて、ありがとう」
そう言って、圭は一歩下がる。
「お幸せに、ね」
背中を向けて、校舎の方へ歩いていく。
その姿が見えなくなった瞬間。
私は、もう我慢できなかった。
「……詩友……っ」
足が勝手に動いて、物陰から飛び出していた。
詩友が振り向いた、その瞬間に、
私は勢いのまま、彼に抱きついていた。
「瑞姫!?」
驚いた声。
でも、振りほどかれなかった。
それどころか、少し遅れて、背中に腕が回ってくる。
「……っ、よかった……」
声が、勝手に震える。
「ほんとに……よかった……」
涙が止まらなくなった。
「ごめん……っ」
胸に顔を埋めたまま、言葉を絞り出す。
「一瞬でも……疑った……」
「詩友のこと……信じてるのに……」
詩友は、何も言わなかった。
ただ、少しだけ力を込めて、抱きしめ返してくる。
「……疑うくらい、不安だったんだろ」
低い声が、すぐそばで聞こえた。
「それ、責める気ない」
その言葉に、余計に涙が出る。
「だって……」
嗚咽をこらえながら、続ける。
「はっきり、私のこと言ってくれて…
しかも……なんか……嬉しそうだったし……」
詩友が、小さく息を吐いた。
「当たり前だろ」
私の頭に、そっと顎が乗る。
「隠す理由がない相手なんて、瑞姫しかいない」
心臓が、うるさい。
「秘密にしたいのは、状況の話で」
「瑞姫との関係自体は、誇りだから」
そんなこと、言われたら。
「……ずるい……」
顔を上げると、目が合った。
少し困ったようで、でも優しい目。
「疑っていい」
詩友は静かに言う。
「でも、戻ってこい」
「俺は、ちゃんとここにいる」
私は、何度も頷いた。
「……うん」
もう一度、ぎゅっと抱きつく。
文化祭前の校舎裏。
不安でいっぱいだった胸の奥が、
ようやく、ちゃんと落ち着いた。
――私は、この人の彼女なんだ。




