第13話④
圭の松葉杖が取れたのは、文化祭直前だった。
「もう大丈夫だって」
そう言って、少しぎこちなく笑う圭を見て、
クラスのみんなが拍手みたいにざわつく。
その輪の外で、私はそっと息を吐いた。
……よかった。
本当に。
詩友も、ようやく“いつもの日々”に戻ってきた。
放課後は生徒会室に顔を出してから剣道場へ向かい、
忙しそうにしながらも、合間に私を見つけると小さく手を振る。
それだけで、胸の奥がほどけていく。
「おかえり」
そんな気持ちだった。
もう、送り迎えもいらない。
圭も、ちゃんと自分の足で歩いている。
私は、やっと安心できた――はずだった。
その日の放課後。
資料を届けに、校舎裏を通ったときだった。
声が聞こえた。
聞き覚えのある、少し緊張した声。
「……榊くん」
足が、止まる。
植え込みの向こう。
見えたのは、圭と、詩友。
二人きりだった。
胸が、嫌な音を立てる。
「今まで……ありがとう」
圭は、指をぎゅっと握っていた。
「怪我のことも、毎日迎えに来てくれたことも……
全部、すごく嬉しかった」
詩友は、黙って聞いている。
逃げない。
視線も逸らさない。
「それで……」
圭が、一度だけ息を吸った。
「私、榊くんのこと――」
その先を、私は聞きたくなかった。
でも、耳は勝手に拾ってしまう。
「……好き、です」
世界が、少しだけ遠くなる。
足音を立てないように、私は物陰に身を寄せた。
心臓が、うるさい。
――だよね。
頭のどこかで、冷静な自分が言う。
あれだけ毎日一緒にいれば。
優しくされて、支えられて。
好きにならない方が、不自然だ。
分かってる。
分かってるのに。
手のひらが、冷たくなる。
詩友は、どうするんだろう。
彼は、優しい。
変に突き放したりしない。
でも、それが――怖かった。
「俺は」
詩友の声が、聞こえる。
低くて、落ち着いた声。
「圭のことを、大事なクラスメイトだと思ってる」
胸が、締めつけられる。
まだ、結論を聞いていないのに。
「怪我のことも、責任を感じてた」
そこで、一拍。
「だから」
その言葉に、私は無意識に息を止めた。
――だからの先。
どうか。
どうか。
物陰で、祈るみたいに、指を握りしめる。
彼の答えが、
この先の私たちを左右する気がして。
文化祭前の校舎裏で、
私は初めて、はっきりとした“不安”を抱えていた。
彼を信じたい。
でも、怖い。
瑞姫としてじゃなく、
ただの“好きな人を失うかもしれない女の子”として。
その場から、動けずにいた。




