番外編⑧
夕方の空が、少しずつ橙に染まりはじめていた。
部活が終わって、校門を出るタイミングがたまたま重なる。
私は剣道場から、詩友は片付けを終えてから。
「一緒に帰る?」
私がそう聞くと、詩友は一瞬だけ間を置いてから、
「……ああ」
短く頷いた。
その「間」に、まだ少しだけ残っている照れが混じっていて、
それが可笑しくて、でも可愛くて、胸がむずむずする。
校門を出て、いつもの帰り道。
並んで歩く距離は、前よりずっと近い。
自然と、手が触れる。
……触れるだけ。
私は一瞬、どうしようか迷ってから、そっと指先を絡めた。
詩友は驚いたようにこちらを見る。
「……いいのか」
「嫌だったら離すけど?」
そう言うと、彼は小さく首を振った。
「嫌なわけないだろ」
そのまま、ぎゅっと握り返される。
……心臓に悪い。
「今日さ」
歩きながら、詩友がぽつりと言う。
「生徒会、忙しそうだったな」
「文化祭前だしね」
「無理してないか」
その聞き方が、いかにも詩友らしい。
「してないよ」
私は少しだけ力を入れて、繋いだ手を揺らした。
「詩友がいるから」
一瞬、歩くスピードが乱れた。
「……そういうこと、さらっと言うな」
「だって事実だし」
「……」
顔を見なくても分かる。
たぶん今、耳まで赤い。
「詩友は?」
「俺は……」
少し考える気配。
「瑞姫が毎日ちゃんと帰ってくれるなら、それでいい」
「なにそれ」
思わず笑う。
「心配しすぎ」
「彼氏だからな」
さらっと言われて、今度は私の番だった。
「……そういう自覚、急に出すよね」
「悪いか」
「悪くないけど」
むしろ、ずるい。
住宅街に入ると、人通りが少し減る。
風が吹いて、制服の袖が揺れた。
詩友が、繋いだ手を一度だけ持ち替えて、
私の歩幅に合わせる。
何気ない仕草なのに、胸がきゅっとなる。
「瑞姫」
「なに?」
「……今日も可愛い」
「ちょ、ちょっと!」
思わず立ち止まりそうになるのを、手を引かれて耐える。
「急に言わないでよ!」
「事実だろ」
「心の準備ってものが!」
「じゃあ、次から予告する」
「それも嫌!」
そんなやりとりをしながら、家が近づいてくる。
名残惜しくて、歩く速度が自然と遅くなる。
「……また明日」
家の前で、詩友が言う。
「うん」
手を離そうとした、その瞬間。
「……もうちょっとだけ」
そう言って、彼は指を絡め直した。
「帰ったら、ちゃんと連絡しろ」
「はいはい」
私は笑って答える。
「詩友もね」
最後にもう一度、手をぎゅっと握ってから、ようやく離れた。
背中を向けて歩き出す詩友を見送りながら、
胸の奥が、静かに満たされていく。
ただ一緒に帰っただけなのに。
それだけで、今日は十分だった。




