第13話
文化祭準備期間に入った生徒会室は、いつもより少しだけ騒がしい。
机の上には色紙や模造紙、養生テープに予算表。
椅子の脚が引かれる音と、紙をめくる音が絶えず重なっている。
「じゃあ、全体装飾はこの案で進めます」
玲奈先輩の声に、室内の視線が集まる。
「大枠は去年といっしょ。ただし今年は“参加型”を意識してね。
総務、備品と当日の動線まとめて」
「はい」
自然に返事をしながら、私はメモを取る。
総務の仕事。
慣れてきたせいか、手は止まらない。
……止まらない、はずだった。
ふと視線を上げた先。
副会長席で資料を確認している、詩友が目に入る。
真剣な横顔。
腕まくりしたシャツ。
ペンを持つ指。
――彼氏。
その事実が、いまだに少し現実味を持たないまま、胸に落ちる。
「……」
慌てて視線を戻す。
生徒会室では、いつも通りでいなきゃ。
恋人だからって、特別な空気を出すわけにはいかない。
……分かってる。
「瑞姫」
名前を呼ばれて、肩が跳ねた。
「は、はい!」
「その資料、共有してもらえるか」
詩友だった。
「うん、今行く」
立ち上がって、資料を持っていく。
歩く距離は短いのに、やたら長く感じる。
机に資料を置くと、詩友は「ありがとう」と短く言った。
「ここ、装飾の固定位置だけ再確認したい」
「影、出そう?」
「ああ。照明の角度次第で」
二人で並んで、壁に貼られた設計図を見る。
距離は、近い。
でも、触れない。
昨日までと同じ。
……なのに、昨日までとは違う。
「この高さなら大丈夫そう」
「そうだな」
声が、落ち着いている。
いつも通りの詩友。
「文化祭、忙しくなるな」
ぽつりと、独り言みたいに言う。
「うん。でも、生徒会って感じする」
そう答えると、詩友は一瞬だけこちらを見た。
「……無理はするな」
その一言が、胸に残る。
「詩友も」
私が言うと、少し驚いた顔をしてから、小さく頷いた。
「……ああ」
それだけ。
手も繋がないし、視線も長く重ねない。
周囲から見れば、ただの副会長と総務。
でも。
さっきまでなかったはずの安心感が、そこにある。
文化祭準備、初日。
恋人になった私たちは、
生徒会の中では“変わらないふり”をしながら、
確実に、同じ方向を向いて動き始めていた。




