第12話③
「……私さ」
唇の熱がまだ残っているのをごまかすみたいに、私は少しだけ視線を逸らした。
「詩友って、もっと慎重で、奥手で、初々しいタイプだと思ってた」
指先をぎゅっと握りしめて、照れ隠しに続ける。
「まさか、こんなにやり手だったとは」
冗談めかしたつもりだったのに、言い終わった瞬間、顔が熱くなる。
……言い方、完全に失敗した気がする。
詩友は一瞬きょとんとして、それから小さく眉を寄せた。
「やり手?」
「……うん」
すると、少しむっとしたような、でもどこか困った顔で言う。
「そんなこと言う前に」
一拍置いて。
「そもそも、手を繋いだのだって」
私を見る。
「俺は、お前が初めてだぞ」
「……え」
一瞬、思考が止まった。
「……え!?」
驚きすぎて、変な声が出る。
「そ、そうなの……?」
「そうだ」
即答だった。
「今まで必要だと思わなかったし」
少しだけ視線を逸らして。
「……誰かと、こうなるとも思ってなかった」
胸の奥が、じわっと温かくなる。
嬉しい。
でもそれ以上に、恥ずかしい。
「……っ」
何て返せばいいか分からなくなって、私は慌てて話題を変えた。
「そ、そういえばさ!」
詩友が不思議そうにこちらを見る。
「花火、最後のやつ、音すごかったよね。
お腹に響く感じの」
「ああ。近かったな」
「ね。ちょっとびっくりした」
そんな、どうでもいい雑談。
屋台の話とか、浴衣の帯がきつかった話とか、
詩友が途中で買ってたラムネのビー玉がうまく落ちなかった話とか。
笑ったり、相槌を打ったり、
恋人になったばかりなのに、どこかいつも通りで。
でも、手だけはずっとつないだままだった。
気づけば、時間もすっかり遅くて。
街からどんどんと人の気配が減っていく。
「……そろそろ、だな」
詩友が言う。
「うん……」
名残惜しくて、ゆっくりと門をあけ、中に足を踏み入れる。
扉の前まで来て、立ち止まる。
「今日は……ありがとう」
「俺の方こそ」
一瞬、沈黙。
帰らなきゃいけないのに、
離れたくなくて、でも理由もなくて。
――そのときだった。
「……詩友」
気づいたら、私は詩友の袖を掴んでいた。
「?」
詩友が振り返る。
心臓が、今までで一番うるさい。
もう一方の手をそっと上げて、
人差し指で、さっき触れたばかりの唇に、軽く触れる。
「……もいっかい」
声、ほとんど出てなかったと思う。
次の瞬間。
「……っ」
詩友の目が、はっきりと見開かれた。
「……お前は」
息を吸って。
「世界一、可愛い」
低くて、でも確信に満ちた声。
「最高の彼女だ」
そう言い切って、今度は迷いなく距離を詰めてきた。
唇が、重なる。
さっきよりも、ずっと長い。
深くも、激しくもない。
ただ、離れない。
触れて、確かめて、
一秒一秒を噛み締めるみたいなキス。
時間が、ゆっくり流れる。
息が苦しくなる直前で、ようやく離れた。
額が触れそうな距離。
何も言えなくて、ただ見つめ合う。
「……帰るか」
詩友がそう言って、少し照れたように視線を逸らす。
「……うん」
手を離して、それぞれの帰路につく。
数歩歩いてから、振り返ると、詩友も振り返っていた。
何も言わずに、手を軽く振る。
その仕草が、どうしようもなく愛しくて。
胸いっぱいのまま、私は家に入った。
花火大会の夜は、
まだ、終わってなかった。




