第12話
花火大会当日。
人混みの中を歩きながら、私は何度も深呼吸していた。
浴衣の帯が少しきついのも、下駄に慣れてないのもあるけど、それ以上に――緊張。
「……人、多いな」
隣で詩友くんがぽつりと言う。
「ね。さすが花火大会」
返事はできてる。声も震えてない。
……たぶん。
佳苗と立てた作戦を、頭の中で何度もなぞる。
“許可を出す”。
“嫌じゃないって態度で示す”。
まずは、自然に。
屋台が並ぶ通りに入ると、甘い匂いと焼きそばの香りが混ざって、いかにもお祭りって感じがした。
「りんご飴、ある」
私が言うと、詩友くんはそっちを見る。
「食べるか」
「うん」
即答したら、少しだけ笑われた気がした。
買ってもらったりんご飴を片手に歩きながら、他にも屋台を覗く。
金魚すくい、射的、かき氷。
「射的、やる?」
「……当たる気しない」
「意外とそういうの得意そうなのに」
「剣道とこれは違う」
真面目な顔で言うから、思わず笑ってしまう。
その流れで、自然と手がつながった。
――恋人つなぎ。
あ。
意識した瞬間に、心臓が跳ねる。
でも、詩友くんは何も言わない。
当たり前みたいに、そのまま歩いてる。
……作戦的には、ここまでは順調、のはず。
なのに。
それ以外は、本当に“いつも通り”だった。
屋台を見て、食べて、ちょっと並んで、笑って。
距離は近いのに、踏み込んでこない。
「浴衣、動きづらくないか」
「ちょっとだけ。でも平気」
「転ぶなよ」
「しないってば」
そんな会話ばかり。
肩が触れそうで触れない距離。
手はつながってるのに、それ以上がない。
……え。
もしかして、私が意識しすぎ?
それとも、詩友くん、全然その気ない?
不安がじわっと湧いてきて、無意識に手に力が入る。
「……どうした」
すぐに気づかれて、びくっとする。
「な、なんでもない!」
慌てて答えたら、詩友くんは首を傾げつつも、それ以上は聞いてこなかった。
そのまま、花火がよく見える河原へ向かう。
人が増えて、少し歩きづらくなってきたところで、いつの間にか手が離れていた。
……あれ。
周りを見ると、詩友くんはすぐ近くにいるけど、少し前を歩いている。
迷子にならないように、って感じの距離。
その背中を見ながら、胸がざわつく。
もうすぐ、花火。
作戦では、一番大きい花火のときに、袖か手を掴むはずだった。
なのに。
ドン、という低い音がして、空が一瞬明るくなった。
「あ」
思わず空を見上げる。
色が広がって、歓声が上がる。
その瞬間――。
気づいたら、私は詩友くんの手を握っていた。
自分から。
……早い!
作戦より、全然早い!
はっとして、慌てて手を離そうとする。
「……っ」
でも、もう遅かった。
詩友くんの手が、ぎゅっと握り返してくる。
逃がさないみたいに。
そして、そのまま引き寄せられた。
「……え」
次の瞬間、肩に重みを感じる。
詩友くんの腕が、私の肩を抱いていた。
距離、ゼロ。
耳元で、低い声。
「好きだよ」
たったそれだけ。
なのに――。
「……っ!!」
頭が真っ白になる。
顔が、熱い。
絶対、今、人生で一番赤い。
花火の音も、人の声も、全部遠い。
聞こえるのは、自分の心臓の音だけ。
詩友くんは何事もなかったみたいに、空を見上げたまま。
「……花火、綺麗だな」
「……そ、そうだね……!」
声、裏返った。
肩を抱かれたまま、離れられない。
手も、がっちりつながれたまま。
作戦なんて、全部吹き飛んだ。
でも――。
夜空に広がる花火より、
今は、隣の体温の方が、ずっと眩しかった。




