第11話
花火大会の前日。
私は佳苗の家のリビングで、正座に近い姿勢のまま、テーブルを挟んで向かい合っていた。
テーブルの上には、お菓子と飲み物。それから――私のスマホ。
「……で」
佳苗が、マグカップを置きながら言う。
「明日、どうしたいわけ?」
核心を突かれて、思わず背筋が伸びた。
「ど、どうしたいって……」
視線が泳ぐ。
頭の中には、花火、浴衣、詩友くんの横顔、手、距離、手、手……。
「その反応でだいたい分かるけど」
佳苗は呆れたように息を吐いた。
「目的をはっきりさせな。
デートを無事に終えたいのか、距離を縮めたいのか、進展させたいのか」
「う……」
痛いところを突かれる。
「……全部」
小さく答えると、佳苗は一瞬黙ってから、ふっと口元を緩めた。
「欲張り」
でも、否定はしなかった。
「まず前提として」
指を一本立てる。
「榊は、不器用で臆病。自分から踏み込むのは時間かかる」
「……うん」
それは、誰よりも分かってる。
「だから、瑞姫が“安心していい空気”を作るのが最優先」
二本目。
「花火大会って、イベント強制力が高いから、
無理に何か起こそうとすると、逆に引く可能性ある」
「……なるほど」
三本目。
「でも」
佳苗は、少しだけ意地悪な笑みを浮かべた。
「向こうはもう“彼氏”の自覚ある。
昨日の送り方と指絡めで確信した」
顔が熱くなる。
「……見てたわけじゃないよね?」
「想像」
即答だった。
「だから作戦はこれ」
佳苗は、テーブルに指でトン、と印をつける。
「主導権は瑞姫。でも“押す”じゃなくて“許可を出す”」
「許可……?」
「そう」
佳苗は淡々と続ける。
「手、並んで歩く、距離が近い、
それを全部“嫌じゃない”って態度で示す」
「……言葉じゃなくて?」
「言葉にしたら榊は固まる」
即答。
「でも態度で示したら、
あいつ、自分から一歩踏み込んでくる」
……思い当たる節しかない。
「で、最大のポイント」
佳苗は少し身を乗り出した。
「花火が一番大きく上がるタイミング」
ごくり、と喉が鳴る。
「その瞬間、瑞姫は――」
一拍置いて。
「自分から、詩友の袖か手を掴みな」
「……っ」
心臓が跳ねた。
「恋人なんだから。
それで向こうが何もしなかったら、それはそれ」
肩をすくめる。
「でも、何かしてきたら」
にやっと笑う。
「それを受け止めればいい」
しばらく、言葉が出なかった。
「……佳苗」
「なに」
「それ、めちゃくちゃ緊張するんだけど」
「知ってる」
即答。
「でも瑞姫、昨日呼び捨てにしたでしょ」
「……うっ」
「今さら何言ってんの」
佳苗は立ち上がって、私の頭をぽん、と軽く叩いた。
「大丈夫。
瑞姫は、ちゃんと好かれてる」
その一言が、胸の奥にすとんと落ちた。
「……ありがとう」
「どういたしまして」
佳苗はキッチンへ向かいながら言う。
「明日は、楽しんできな。
花火より大事なもの、ちゃんと隣にいるんだから」
私はスマホを握りしめて、明日の夜を思い浮かべた。
花火と、人混みと、
そして――詩友くんの隣。
不安よりも、今は楽しみの方が、少しだけ勝っていた。




