第10話④
インターホンが鳴った。
夜のリビングに、やけに大きく響いた気がして、心臓が一瞬止まる。
こんな時間に、誰だろう。母はキッチンにいるし、配達でもなさそうで。
画面を覗いて――息を呑んだ。
「……え」
映っていたのは、詩友くんだった。
制服のまま、少し乱れた前髪。肩で息をしていて、走ってきたのが一目でわかる。
一瞬、現実かどうか分からなくて、画面をもう一度見た。
……詩友くん、だ。
慌てて玄関へ向かう。
ドアノブに手をかけたところで、急に緊張が押し寄せてきて、深呼吸をひとつ。
――大丈夫。逃げない。
そう自分に言い聞かせて、ドアを開けた。
「瑞姫」
名前を呼ばれた、その直後。
詩友くんは、何も言わずに、思い切り頭を下げた。
「……ごめん」
低く、でもはっきりした声。
「自分勝手だった。怒る資格なんてなかったのに……瑞姫に甘えて、当たった」
頭を下げたまま、続ける。
「心配してくれたの、分かってた。なのに、俺……」
言葉が一瞬詰まって、それから、ぎゅっと握った拳が震えた。
「本当に、ごめん」
玄関先の静けさが、逆に胸に響く。
こんなふうに謝られるなんて思ってなかったし、ここまで必死に来るとも思ってなかった。
胸の奥に溜まっていたものが、すっとほどける。
「……もう」
私は小さく息を吐いて、笑った。
「そんな顔で謝られたら、怒れないでしょ」
詩友くんが、ゆっくり顔を上げる。
驚いたような、でも不安そうな目。
「許すよ。ちゃんと謝ってくれたし」
少しだけ間を置いて、指を立てる。
「でも、次はないよ?」
冗談めかして言うと、詩友くんは一瞬きょとんとして、それから、ほんの少しだけ口元を緩めた。
「……ああ」
短くそう答えて、視線を逸らす。
「その……」
言い淀んだあと、意を決したみたいにこちらを見る。
「今から、少し出られるか」
「え?」
「デート」
あまりにさらっと言うから、頭が追いつかない。
「……今?」
「今」
即答だった。
「話、全部は終わってない。だから……一緒に歩きたい」
詩友くんらしい理由。
強引なのに、不器用で、でもちゃんと私の返事を待っている目。
「……お母さんに言ってくる」
そう答えると、詩友くんは小さく頷いた。
玄関で靴を履きながら、ふと思う。
さっきまで胸を締めつけていた不安は、まだ完全には消えてない。
でも――。
ドアを出て、並んで歩き出す。
夜風が少し涼しくて、街灯の下、影が並んで伸びていた。
距離は、まだ近すぎない。
でも、同じ方向を向いて歩いている。
それだけで、今は十分だと思えた。




