第9話④
突然、抱きしめられて。
一瞬、息の仕方がわからなくなった。
腕の中は、あたたかくて、少しだけ震えているのが伝わってくる。
花火の音が遠くなって、世界にあるのは、詩友くんと私だけみたいだった。
「……し、詩友くん」
精一杯、声を出す。
「どうしたの……?」
胸に額を押しつけられたまま、そう聞くと、少しだけ腕の力が緩んだ。
でも、離れない。
「……なあ、瑞姫」
低くて、真剣な声。
「俺、自分の気持ちには……もう、とっくに気づいてた」
胸が、どくんと鳴る。
「花火に誘われたときも。
告白されたときも。
正直、その前からだ」
詩友くんは、私の肩越しに、夜空を見ているみたいだった。
「でも」
少しだけ、言葉が詰まる。
「半端な覚悟で、瑞姫と特別な関係になりたくなかった」
腕に、少し力がこもる。
「もし、勢いだけだったらどうする。
夏休みで会えなくなって、この気持ちが冷めたらどうする」
胸が、きゅっと締めつけられる。
「だから……試した」
「自分を」
詩友くんの声は、震えていた。
「時間が経っても。
夏休みっていう長い時間、会えなくても。
最後の花火大会まで、瑞姫のことを好きでいられるか」
私は、何も言えずに、ただ聞いていた。
「結果は……」
詩友くんが、小さく息を吸う。
「……もう、無理だ」
その言葉に、心臓が跳ねる。
詩友くんは、私の肩から顔を上げて、真正面から私を見る。
花火の光に照らされた目が、真剣で、必死で。
「好きだ」
一言、一言、噛みしめるみたいに。
「瑞姫が、好きだ」
胸が、いっぱいになる。
「好き」
「大好きだ」
詩友くんは、何度も、何度も繰り返す。
「好きだ」
「大好きだ……」
もう、頭が追いつかない。
熱が、顔に一気に集まってくるのがわかる。
きっと、今までで一番、赤い。
それを見て、詩友くんは、はっとしたみたいに少しだけ距離を取った。
「……悪い」
でも、視線は逸らさない。
「俺の思いは、全部伝えた」
真剣なまま、続ける。
「あとは、瑞姫次第だ」
胸が、ぎゅっと鳴る。
「正直……」
少しだけ、弱い声になる。
「これだけ待たせて。
瑞姫の気持ちが冷めてても、当然だと思ってる」
そんなこと――。
考えるより先に、体が動いていた。
「……っ」
一歩踏み出して、私は詩友くんを抱きしめた。
今度は、私から。
「瑞姫……?」
驚いた声。
でも、離さない。
「冷めてない」
震えながら、でもはっきり言う。
「全然、冷めてない」
顔が熱い。
声も、たぶん変。
「好き」
胸に顔を埋めて、繰り返す。
「詩友くん、好き」
「大好き……」
言葉にすると、全部溢れてくる。
しばらく、沈黙。
次の瞬間、詩友くんの腕が、強く私を抱きしめ返した。
「……っ」
今度は、さっきよりもしっかり。
逃がさないみたいに。
花火の音が、何発も重なって、夜空が何度も光る。
でも、私にはそれよりも、腕の温度のほうが、ずっとはっきり感じられていた。
長い夏の終わり。
ここに来るまで、遠回りだった。
でも――
やっと、同じ気持ちで、同じ場所に立てたんだと思った。




