第9話③
花火が始まる少し前。
人の流れが一段と増えて、四人で並んで歩くのが少し大変になってきた。
そのとき、垣端くんが私の隣に寄ってきて、こっそり耳打ちしてくる。
「なあ、瑞姫ちゃん」
「なに?」
「ちょっと提案」
視線を前に向けたまま、声だけ落とす。
「俺と佳苗、そっちで見るからさ」
「そっち?」
「瑞姫ちゃんと詩友は、あっち」
二手に分かれる、って意味だと気づいて、私は思わず首を振った。
「え、だめでしょ」
「なんで」
「みんなで来てるし……」
すると垣端くんは、急に真剣な顔になる。
「頼む」
「……え」
「佳苗と、二人で見たい」
一瞬、言葉に詰まる。
「今日くらいさ」
声が、いつもより低かった。
「ちゃんと、二人でいたいんだよ」
それを聞いてしまったら、もう何も言えなかった。
「……わかった」
「マジで!?」
ぱっと顔が明るくなる。
「ありがと瑞姫ちゃん!」
そのまま、何事もなかったみたいに歩き出す。
――仕方ない。
私は少し深呼吸して、詩友くんの袖を引いた。
「ね、ちょっとこっち行こ」
「?」
「人多いし、逸れたふりしよ」
理由を深く聞かれないのが、詩友くんらしい。
「……わかった」
人波を縫うようにして、少し離れた場所へ移動する。
周りを見ると、もう垣端くんと佳苗の姿はなかった。
「……これ」
私は苦笑いする。
「二人で見るしかなさそうだね」
詩友くんは、状況を理解したみたいで、小さく息を吐く。
「だな」
それから、少しだけ口角を上げた。
「完全に、二人きりだ」
「……からかわないで」
「冗談」
そう言いながらも、声は柔らかかった。
少し沈黙があって。
詩友くんが、前を向いたまま言う。
「二人きりだけど」
一拍置いて、
「もう少し、待ってな」
「……うん」
理由はわからなかったけど、私は頷いた。
その瞬間。
――ドン。
夜空に、最初の花火が上がった。
大きな音と一緒に、光が広がる。
私は、花火よりも――詩友くんの横顔を見ていた。
光に照らされて、普段よりも表情がはっきり見える。
真剣で、少し緊張していて。
ふと、視線が動いた。
目が、合う。
時間が止まったみたいに感じた、その瞬間だった。
詩友くんが、一歩近づいて――
何も言わずに、私を抱きしめた。
強くもなく、弱くもなく。
でも、はっきりと。
逃げ場のない距離で。




