第8話③
夏休みに入ってから、スマホを見る回数が減った。
グループチャットは、相変わらず動いている。
詩友くん、垣端くん、佳苗。
〈花火大会、屋台どこ回る?〉
〈去年のたこ焼き当たりだったよね〉
〈場所取りどうする〉
画面の向こうは、楽しそうだった。
私は、何も送れないまま、通知だけを消す。
――告白してしまった。
その事実が、頭の奥にずっと引っかかっている。
時間が経てば薄れるかと思ったけど、全然そんなことはなかった。
日々は進む。
朝起きて、家の手伝いをして、たまに生徒会の連絡を確認して。
気づけば、体を動かしたくなって、ランニングに出るのが日課になっていた。
その日も、夕方の少し涼しくなった時間を狙って、家を出た。
川沿いの道を、一定のリズムで走る。
何も考えないようにして、呼吸だけに集中する。
「……瑞姫」
名前を呼ばれて、足が止まった。
前を見ると、詩友くんが立っていた。
Tシャツにジャージ。剣道部らしい格好。
「……詩友くん」
心臓が、一気にうるさくなる。
「走ってたのか」
「うん……」
沈黙が落ちる。
逃げたい気持ちと、話したい気持ちが、ぶつかる。
詩友くんの方が、先に口を開いた。
「この前のこと」
それだけで、胸が締めつけられる。
「……告白のこと」
私は、思わず視線を落とした。
「一旦、忘れてくれ」
顔を上げる。
「俺も、忘れる」
淡々とした声だった。
「八月の終わりの、二人で行く花火大会まで」
詩友くんは、少しだけ間を置いて続ける。
「それまで、全部忘れよう」
「……忘れるって」
「考えない」
短く、きっぱり。
「その代わり」
視線が、真っ直ぐ向けられる。
「花火大会で、俺は全部にけりをつける」
息を、吸い忘れた。
「だから、瑞姫も」
少しだけ、声が柔らぐ。
「今は、忘れろ」
胸の奥が、じわっと熱くなる。
怖かった。
でも、どこかで救われた気もした。
「……わかった」
小さく、そう答える。
「忘れる」
詩友くんは、少しだけ安心したみたいに息を吐いた。
「じゃあ……またな」
「うん」
すれ違って、詩友くんは走り出す。
その背中を見送りながら、私は立ち尽くした。
忘れる期限は、決まった。
八月の終わり。
最後の、ふたりきりの花火大会。
そこまでは、何も考えない。
そう、自分に言い聞かせて、私はもう一度、走り出した。




