第4話③
しばらくして、詩友くんの呼吸が、少しずつ落ち着いてきた。
嗚咽みたいだった音が消えて、夜の静けさが戻る。
……あ。
急に、現実が追いついてくる。
「っ……」
私は慌てて、詩友くんの体に回していた腕を外した。
「ご、ごめん……!」
一歩下がって、顔を上げる。
「……落ち着いた?」
自分でもわかるくらい、声が早口だった。
詩友くんは、少し俯いたまま、短く息を吐く。
「……ああ」
目元を乱暴に拭ってから、顔を上げた。
いつもの詩友くんだ。
でも、さっきとは違って、少しだけ力が抜けている。
「……じゃ、帰ろ」
これ以上ここにいたら、変に意識してしまいそうで。
踵を返した、そのとき。
「瑞姫」
呼び止められて、足が止まる。
振り返ると、詩友くんは真っ直ぐこっちを見ていた。
「……ありがとう」
短いけど、はっきりした声。
「今日のこと」
一拍、間を置いて。
「俺の弱いとこ」
拳を、ぎゅっと握る。
「……お前だけの中に、しまってくれ」
その言葉に、息を吸うのを忘れた。
――忘れてくれ、じゃない。
なかったことにしろ、でもない。
「……うん」
胸の奥が、じんわり熱くなる。
「大事に、しまっとく」
そう答えると、詩友くんは少しだけ目を伏せて、
「……助かった」
それだけ言って、歩き出した。
並んで、駅とは逆の分かれ道まで歩く。
夜風が、さっきよりも冷たく感じた。
「じゃあ、また明日」
「うん。おやすみ」
手を振って、私は帰路につく。
歩きながら、胸に手を当てる。
驚いた。
嬉しかった。
詩友くんの弱みを、私に預けてくれたことが。
それが、特別だってことくらいは、さすがにわかる。
街灯の下を通り過ぎながら、私はそっと息を吐いた。
――今日は、忘れない。
忘れなくていい夜だった。




