第3話⑥
放課後の教室は、昼間よりずっと静かだった。
黒板の前に立って、原稿用紙を握りしめる。
教壇の横には、詩友くんが腕を組んで立っていた。
「……えっと」
声を出した瞬間、少し裏返った。
「ストップ」
すぐに飛んでくる指摘。
「最初の一文、もう少し間を取ったほうがいい」
「あ、うん……」
深呼吸して、もう一度。
「――開会を、宣言、します」
「語尾が流れてる」
「……ごめん」
言われたとおりに直して、また読む。
それでも、何かしら引っかかって止められる。
姿勢。
視線。
声の高さ。
詩友くんは多くを言わないけど、要点だけを淡々と指摘してくる。
「もう一回」
「うん」
何度も繰り返すうちに、喉が少し乾いてきた。
ちゃんとやりたい。
期待に応えたい。
そう思ってるのに。
「……あー、もう」
自分でも驚くくらい、弱い声が出た。
「どうした」
「ごめん」
原稿用紙を下ろして、息を吐く。
「全然、よくならない」
詩友くんは何も言わず、こちらを見ていた。
「……詩友くん」
「ん」
「もう、今日はいいよ」
一瞬、空気が止まる。
「先、帰っていい」
「まだ途中だろ」
「うん。でも」
言葉が、うまく繋がらない。
「これ以上やっても、たぶん変わらないし」
「そんなことない」
「あるよ」
少しだけ、声が強くなった。
胸の奥が、ざわざわしてくる。
この感じ、知ってる。
頑張っても追いつけなくて、
足手まといなんじゃないかって思ってた、あの頃。
「……これ以上、迷惑かけたくない」
視線を落としたまま、続ける。
「時間も使わせてるし、付き合わせてるし」
「樋口、それは――」
「いいの」
遮るみたいに言ってしまう。
「もう十分だから」
教室の中に、重たい沈黙が落ちた。
「……迷惑じゃない」
「そういうの、いいから」
聞きたくなかった。
優しい言葉で流されるのが、怖かった。
「樋口」
「帰って」
その瞬間。
「瑞姫!」
名前を呼ばれて、びくっと肩が跳ねる。
顔を上げると、詩友くんがこちらを見ていた。
いつもより、ずっと強い目で。
「迷惑じゃない」
一歩、近づいてくる。
「お前と同じ空間にいて」
声が、少しだけ荒くなる。
「お前と何かをしていて」
拳を握りしめて、
「苦痛だ、とか、迷惑だなんて感じたこと」
はっきりと、叫ぶ。
「一度もない!」
頭の中が、真っ白になった。
息の仕方も、瞬きの仕方も、わからなくなる。
……今、なんて。
私はその場に立ち尽くしたまま、詩友くんを見ることしかできなかった。




