第3話④
生徒会室は、紙の音とペンの動く音で満たされていた。
「じゃあ、体育祭リハーサルのタイムテーブル、最初から確認するね」
玲奈先輩がそう言って、机の中央に資料を揃える。
私も同じ紙を前にして、ペンを持ち直した。
開会式、選手入場。
午前競技、放送確認。
淡々とした確認作業のはずなのに、なぜか落ち着かない。
視線を少しだけ横にずらす。
詩友くんは、静かに資料を読んでいた。
背もたれに深くもたれかかることもなく、姿勢はいつも通り。
……昨日のことを考えれば、不思議なくらい普通だ。
レギュラー発表のあと、あんなふうに落ち込んでいたのに。
今は、気にしていないみたいに見える。
「副会長、午後の応援合戦の進行だけど」
玲奈先輩の声に、
「問題ありません」
詩友くんは短く答えた。
余計な言葉はなくて、間もない。
それだけで、胸の奥が少しだけ緩む。
「じゃあ、次。全体整列の時間が押した場合の調整ね」
話はそのまま次に進む。
剣道の話題も、レギュラーの話も出てこない。
私はペンを走らせながら、時々顔を上げる。
詩友くんは、生徒会副会長としてそこにいる。
落ち込んだ剣道部員じゃなくて。
「樋口、この放送対応、総務でまとめてもらっていい?」
「あ、はい。想定しておきます」
名前を呼ばれて、思わず背筋が伸びた。
樋口。
その呼び方も、いつもと同じ。
時計の針が進むにつれて、確認は終盤に差しかかる。
生徒会室の窓から、グラウンドが見えた。
白線が引き直されていて、体育祭が近づいているのがわかる。
詩友くんは、最後に一度だけ資料をめくった。
俯きすぎることもなくて、
昨日みたいな影は、もう見えない。
……本当に、切り替えたんだ。
そう思った瞬間、胸の奥が、少しだけ跳ねた。
「じゃあ、今日はここまで」
玲奈先輩の一言で、張りつめていた空気がほどける。
椅子を引く音が重なって、いつもの放課後に戻った生徒会室。
私は資料をまとめながら、詩友くんの背中を一瞬だけ見た。
昨日より、少し遠くて。
でも、ちゃんと前を向いている背中だった。




