第3話②
体育祭の練習が、本格的に始まった。
グラウンドに集まるクラスメイトたち。
先生の指示を聞きながら、自然とざわつく空気。
大縄跳び。
生徒会主催種目だから、総務として様子を見て、必要なら声をかける。
頭では、分かっている。
……分かっているのに。
胸の奥が、少しずつ重くなっていく。
中学のときも、こんな感じだった。
みんながバラバラで、
誰も前に出ようとしなくて、
「私が言わなきゃ」って思って。
勇気を出して声を上げた。
ちゃんとやろう、って。
みんなで合わせよう、って。
――それが、間違いだったみたいに。
具体的な場面は、思い出さない。
思い出そうとすると、胸がざわつくから。
でも、感覚だけは、残っている。
空気が冷たくなる感じ。
視線が刺さる感じ。
私は、無意識に指先を握りしめていた。
「……」
声をかけなきゃ。
今は中学じゃない。
今のクラスは、違う。
分かっているのに、足が一歩も前に出ない。
そのとき。
「一回、並び直そう」
はっきりした声が、前から聞こえた。
詩友くんだった。
「間隔、バラけてる」
「回す人と跳ぶ人、位置決めてからやろう」
淡々としてるのに、迷いがない。
クラスメイトたちは、一瞬きょとんとしてから、
「あ、確かに」
「そうしよ」
すぐに動き始めた。
……早い。
驚くくらい、あっさりまとまった。
誰も嫌な顔をしない。
誰も茶化さない。
それが、当たり前みたいに。
私は、その様子を少し離れた場所で見ていた。
胸の奥が、じんわりする。
「……」
そのとき、詩友くんがふいにこっちを見た。
目が合う。
そして。
にやっと、笑った。
いつもの落ち着いた表情じゃない。
少しだけ、いたずらっぽい。
――大丈夫だろ、って言われた気がした。
心臓が、跳ねる。
気づいたら、私は小さく口を動かしていた。
「……すき」
声にならないくらい、小さく。
「へー」
すぐ隣から、声がした。
「ふーん」
びくっとして振り向くと、瀬川詩織がいた。
にやにやしてる。
「今の、聞こえたよ?」
「な、なにが」
誤魔化そうとすると、さらに楽しそうな顔になる。
「まあ、いっか」
「安心しなよ。私、味方だから」
「え?」
「大縄跳びも、生徒会の仕事もちゃんと協力する」
軽い口調なのに、言葉はまっすぐだった。
私は、少しだけ息を吸ってから、笑う。
「……ありがとう」
中学のときとは、違う。
今は、逃げなくてもいい場所がある。
そう思えたことが、何より嬉しかった。
グラウンドの向こうで、詩友くんがもう一度、こちらを見る。
今度は、普通の表情。
でも。
私はもう、不安で立ち尽くすだけの自分じゃなかった。




