第2話⑩
放課後。
昇降口を出たところで、私は足を止めた。
少し先の並木道を、二人並んで歩く後ろ姿が見えたから。
……玲奈先輩。
そして、その隣にいるのは――
詩友くん、じゃない。
知らない男子。
しかも、手を繋いでいる。
頭が、一瞬で真っ白になる。
「……え」
胸が、強くざわついた。
噂。
彼氏。
あの距離感。
じゃあ、あれは何だったの。
詩友くんとあんなに仲良さそうだったのに。
呼び捨てで、タメ口で。
なのに、もう別の人?
足が、勝手に前に出ていた。
「……先輩!」
自分でも驚くくらい、強い声が出た。
玲奈先輩が振り返る。
隣の男子も、驚いた顔をする。
「樋口さん?」
その穏やかな声が、逆に火をつけた。
「詩友くんと付き合ってるんじゃなかったんですか」
言葉が、止まらない。
「もう浮気ですか」
玲奈先輩が、目を丸くする。
「え?」
「それなら……それなら!」
胸が苦しくて、視界が滲む。
「詩友のこと、取らないでくださいよ!」
沈黙。
私は、勢いのまま続けてしまう。
「この前だって……コンビニから一緒に出てきて」
「すごく仲良さそうで」
「呼び捨てで、タメ口で……!」
言ってしまった。
覗き見してたことも。
全部。
一気に。
玲奈先輩は、数秒きょとんとして――
次の瞬間。
「……あははっ!」
突然、大きな笑い声を上げた。
「ちょ、ちょっと待って!」
お腹を押さえて、肩を震わせている。
「え、なにそれ……!」
私は、完全に混乱する。
「え……?」
「ごめん、あまりに想像と違って」
玲奈先輩は、涙を拭きながら言った。
「まずね、詩友くんは彼氏じゃない」
「……え?」
「家が隣の、ただの幼馴染」
頭が、追いつかない。
「中学に上がるときにさ」
玲奈先輩は、少し懐かしそうに笑う。
「上下関係はっきりしてる中学からは、周りに合わせようって話になって、校内では先輩後輩、校外では昔どおり、ってルール作ったの」
「だから呼び方も、話し方も変えてるだけ」
……そんな理由。
「で」
玲奈先輩は、隣の男子を見る。
「この人が、今の彼氏」
「は、はじめまして」
男子が、少し照れながら頭を下げた。
私は、完全に固まっていた。
「詩友くんとはね」
玲奈先輩が、肩をすくめる。
「告白する前、恋愛相談してた」
「……役に立ちました?」
恐る恐る聞くと。
「全然」
即答だった。
「恋愛に興味なさすぎて」
「『好きなら言えばいいだろ』しか言わないの」
思わず、口元が緩む。
……それ、詩友くんだ。
「でもね」
玲奈先輩は、私をじっと見る。
「樋口さんがここまで勘違いするくらい、不安だった理由は分かった」
胸が、どきっとする。
「詩友くんのこと、好きでしょ」
逃げ場は、なかった。
「……はい」
小さく、でも正直に答える。
玲奈先輩は、にっと笑った。
「じゃあ、協力する」
「え?」
「恋愛ポンコツ相手は、作戦が必要だから」
少し茶化すような口調。
でも、目は本気だった。
胸の奥に溜まっていた不安が、音を立ててほどけていく。
さっきまでの苦しさが、嘘みたいだった。
「……すみませんでした」
「いいよ。若いってそういうもん」
玲奈先輩は、軽くウインクする。
「じゃ、まずは選挙。頑張ろ」
「はい」
今度は、ちゃんと前を向いて言えた。
誤解は解けた。
不安も消えた。
残ったのは――
詩友くんへの想いだけ。




