第2話⑦
放課後の剣道場は、いつもと同じ音で満ちていた。
竹刀がぶつかる乾いた音。
床を踏み込む足音。
掛け声。
なのに。
今日は、全然頭に入ってこない。
「……」
コートの端で、タオルを握りながら、私は何度目か分からない視線を詩友くんに向けた。
真剣な表情。
構え。
一歩踏み出すタイミング。
いつも通りなのに、どこか遠く感じる。
今なら聞けるかも。
そう思って、口を開きかける。
――やっぱり、やめた。
「樋口ー、水」
部員に呼ばれて、我に返る。
「うん、今持ってく」
声は、ちゃんと出た。
でも、胸の奥はずっとざわざわしている。
詩友くんと、玲奈先輩。
どんな関係なんだろう。
前から知り合い?
生徒会だから?
それとも――。
考え始めると、きりがない。
結局、部活が終わるまで、私は一度も聞けなかった。
片づけが終わって、皆が帰り支度を始める。
今度こそ。
帰り道なら、自然に聞ける気がした。
私は、少しだけ詩友くんの近くに立つ。
「今日、一緒に帰る?」
……そう言うつもりで、タイミングを待つ。
そのときだった。
「詩友くん」
凛とした声。
振り向くと、ユニフォーム姿の女子バスケ部員たちが見えた。
ちょうど、練習が終わったところらしい。
その中に、玲奈先輩がいた。
「今日の練習、終わり?」
「はい」
詩友くんが、自然に答える。
「なら、一緒に帰らない?」
軽い口調。
断る理由なんて、最初からなさそうな言い方。
「ちょっと話したいこともあるし」
詩友くんは、一瞬だけ間を置いてから頷いた。
「分かりました」
それだけ。
私は、声を出せなかった。
「じゃ、行こ」
玲奈先輩がそう言って歩き出すと、詩友くんもその後に続く。
二人は並んで、下駄箱へ向かっていった。
振り返らない。
私は、その場に立ち尽くしたまま、その背中を見送る。
「……」
胸の奥が、じわじわと重くなる。
置いていかれた、というより――
最初から、そこに入る隙がなかったみたいな気分。
私が勝手に、隣にいるつもりでいただけ。
帰り支度を終えて、校門を出る。
夕焼けが、やけに眩しい。
詩友くんに聞きたかったこと。
聞けなかった言葉。
全部、胸の中に残ったまま。
不安は、まだ形にならない。
でも、確実に大きくなっている。
私は、一人で家路を歩いた。
いつもより、少しだけ足取りが重かった。




