episode58 エリオス vs ゼノン
「…っ!」
エリオスは目の前の圧に怯まず、ゼノンの周りを走るように横に体を傾けた。その瞬間だった。
「真正面から立ち向かわなかったのは褒めてやる。だが、動きが単純だ。」
2m級の鉄の塊が一瞬で振り下ろされた。
「なっ…!」
回避は間に合わない。エリオスは反射的に神剣を盾にし、防御姿勢を取った。
刹那、視界が世界ごと揺らいだ。
「ガハッ!」
剣で防いだはずだった。だが、重すぎる衝撃は剣を通り越し、エリオスの五臓六腑を直接叩き潰した。
肺に残っていた空気が、強制的に唇から弾き出される。腹部にめり込んだ重い衝撃。体がくの字に折れ曲がり、僕は抗う術もなく後方へと吹き飛ばされた。
「「エリオス!!」」
「ふん、意識を剣に集中しすぎだ、敵の動きも見ろ。」
内臓がねじれるような激痛に、膝の力が抜ける。
口の中に広がる鉄錆の味。視界が明滅し、地面がどこにあるのかさえ分からなくなった。
「…ブラッド、こいつはダメだ。一撃でこの有様じゃ、ヴァイルに足元も及ばない。…神はなんでこいつに加護を渡したんだろうな。」
「っ…はぁ…はぁ…!」
ゼノンの言葉に僕の精神を削り取ってきた。
腹部の痛みで息が詰まる。目の前が歪んで、俯くことしか出来なかった。
「っ…エリオスくん…」
「エリオス…!」
エリオスの様子にエレナとキアラルは走って駆け寄ろうとした。
「動くな」
ゼノンの低い声と共に放たれた殺気が、二人の足を縫い止めた。まるで、目の前に壁があるかのように。
「これは俺とこいつの戦闘だ。他者の加入は許さない。」
「っ…でも…!」
キアラルは殺気に立ち向かおうと声を捻り出したが、意味はなかった。
「死にたいのか? 女だろうが敵と見なしたやつは容赦なく叩き切る。」
「っ…!」
キアラルは剣の柄を握ろうとしたが、持った瞬間死ぬと感じ、触れることが出来なかった。
すると、隣でエレナは剣を構えた。
「え、エレナちゃん!?」
「…ゼノン、私はエリオスくんに命を捧げるって決めました。私とも、戦ってください。」
剣の先は震えているが、目の奥の決意を固めていた。
「命を捧げる…か。つまらん理由だな。」
ゼノンは鼻を鳴らし、凍りつくような視線をエレナに向けた。
しかし、その殺気は僅かに揺らぎ、興味深そうな色を帯びていた。
「だが、その目は嫌いではない。」
それでも、ゼノンは大剣を片手で持ち上げ、切っ先をエレナに向けた。
「エレナちゃん…私もやる…ッ!」
キアラルは震える手で剣の柄を握り、ゆっくりと引き抜いた。
「私は…エリオスに命を救われたんだから、次は私が救う番だよ…!」
「…無茶ね。」
「エレナちゃんこそ、無謀すぎるでしょ!」
2人で見つめ合った後、決意を胸に魔術を唱えた。
「いくよ…っ…【氷塊】…!」
「ええ…!」
エレナが彼女が魔力を練り上げ、キアラルは特攻しようとした、その時だった。
「やめろ…ッ!エレナ…ッ!キアラル…ッ!」
遠くから血を吐くような叫び声が響いた。
神剣を杖代わりに腹部を抑えて、ふらつきながらもエレナとキアラルの前に立ち塞がった。
「エリオスくん!?」
「下がっててくれ…!これは、僕が受けるべき試練なんだッ…!」
足は震え、視界も霞んでいる。けれど、その瞳にある炎だけは消えていなかった。
「これはゼノンに勝つための戦いじゃない…!自分を強くするための試練だ…!」
エリオスの言葉にエレナとキアラルはハッとした。
エリオスがゼノンに傷つけられるあまり、本来の目的を忘れていた。
「ごめん…エリオスくん。私たちが浅はかだったわ…。」
「信じてるから…!絶対に、強くなって戻ってきて!」
エレナとキアラルは、涙を堪えて剣を鞘に納めた。
2人は何も出来ない悔しさを噛み締めながら部屋の隅へと下がる。その時、ブラッドはエレナとキアラルのそばに寄った。
「エレナ、キアラル、お前たちの判断は正しい。ここでエリオスを見守っているんだ。」
ブラッドの言葉に、2人は頷くことしか出来なかった。
「…エリオス、お前の体は限界だ。肋骨はイカれ、内臓も悲鳴を上げているだろう。それでどう戦う?」
「……関係ない。」
痛みはある。しかし不思議と頭は冴え渡っていた。
危機に陥った肉体を守ろうと、神の加護が活性化しているのが分かる。
「…僕は、ただの学院生で、貴方は国の"最強"…。勝てないのは分かってる。けれど、ここで諦めるわけには行かない…!ここで一歩引いたら、僕は『落ちこぼれ』のままだ!!」
言い切った瞬間、風魔術と炎魔術の複合魔術で正面から立ち向かった。
「【爆裂突進】!!」
ゼノンは流石に予測してなかったのか一瞬目を見開くがすぐに剣を構えた。
「早い…だが動きが単純と言っただろう。」
豪風と共に横薙ぎの一撃が迫る。
まともに受ければ死ぬ。防いでも吹き飛ばされる。
なら!このまま懐に入るしかない…ッ!
「うおおおぉぉぉ!!!」
エリオスは迫りくる刃に対し、さらに前へと踏み込んだ。
「」
死への恐怖を、覚悟で塗りつぶす。
大剣が頭上を掠め、数本の髪の毛が散る。その極限のすれ違いざま、エリオスは全魔力を神剣に叩き込んだ。
「【一閃】!!」
神の力が宿った白銀の刃が、漆黒の鎧へと奔る。
ガギィィィィィィィン!!
凄まじい金属音が実習室に響き渡り、火花が散った。
「っ…!」
ゼノンの体が軽く背後に吹き飛ばされたが、足で踏ん張られる。
「…」
反動は凄まじかった。
形勢逆転…かと思いきや、ゼノンの鎧の硬度に弾かれ、エリオスは手首が砕けそうな衝撃と共に、エリオスはその後手首を抑えて喉の奥で引きつったような呼吸が鳴る。
「く、ぅぅ……」
床でもがいているエリオスを、ゼノンは数歩歩いて見下ろした。
立たなきゃっ…!でも右腕は響いて指一本も動かせない…。
「…終わりだ。」
ゼノンの冷徹な声が頭上から降ってくる。
エリオスは歯を食いしばり、必死に顔を上げようとするが、体は鉛のように重く、ピクリとも動かない。
(くそっ……ここまで、なのか……)
絶望が胸をよぎった、その時だった。
ゼノンはゆっくりと自分の脇腹に手を当てた。
そこには、絶対防御を誇る漆黒のプレートアーマーに、一本の白く浅い傷跡が刻まれていた。
「……ほう」
ゼノンは鎧の傷を指で撫でると、確かに違和感があった。
「…神の力を利用するだけの臆病者かと思ったが…、死を恐れず踏み込んできたか…悪くない。」
ゼノンは大剣を背中の鞘に納めると、倒れるエリオスを見下ろした。
「…こいつは弱い、だが伸び代がある。こいつは俺が預かる。」
「っ…!ありがと…ござ…いま…。」
安堵からか、張り詰めていた糸がプツリと切れた。
急速に視界が暗闇に塗りつぶされていく。
「エリオス!!」
「エリオスくん!!」
遠くで、エレナとキアラルが駆け寄ってくる足音と、自分の名を呼ぶ声が聞こえた気がした。




