episode56 故の規則
その夜…ブラッドは上層部、学院長室へと足を踏み入れていた。
「学院長、ヴァイルについての資料をまとめた。」
「あぁ…見せてくれ。」
資料を手渡すと、学院長は目を凝らしながら資料に目を通した。
そのとき、部屋の影から一人の女性が出てきた。
「来ると思ってたよ、ブラッドくん。」
「フェリル…何故ここに…?」
フェリルは生徒を危険に巻き込んだとして停職処分を受けていた。
「確かに停職処分は受けてるよ、でも…。」
フェリルが口を開こうとすると、ブラッドがそれを遮った。
「今はヴァイル大災害に備える方が有意義。停職は免れた…ということか。」
「ふっ…君は相変わらず固いね。」
フェリルは微笑んでブラッドの肩を叩いた。ブラッドはそれに動じず、ただ学院長の方だけに体を向けていた。
そして、学院長が資料を一通り通し終えると、重い口を開いた。
「エリオス・ヴァルトラン…かつて劣等生だった彼が、まさか世界の運命を握るとはな…。それで、どうするつもりだブラッド。貴様が指導するのだろう?」
学院長の問いに、ブラッドは静かに首を振った。
「いえ。私の指導では、彼の力の成長速度に追いつけない。この学院にいる誰が指導しても、彼の才能を最大限に引き出すことは不可能です。」
「なに…?」
学院長は眉をひそめた。「ではどうするというのだ。まさか、そこらの上級生にでも任せるつもりか?」
「それこそ愚策です」とブラッドは即答した。「学生ごっこの延長では、来るべき大災害には到底立ち向かえません。エリオスに必要なのは教育者ではない。…本物の戦場で生き抜いてきた、戦いのプロです。」
ブラッドはずっと考えていたことを覚悟して口にした。
「魔剣騎士団長、ゼノン・アークライト殿を招聘し、エリオス殿の指導を要請します。」
「馬鹿を言え!」
学院長は机を叩いて立ち上がった。「騎士団長は国の要だ!一学生の家庭教師のために呼びつけられるような方ではない!」
(考えが古いな…この男をどう説得するか…。)
ブラッドが突破口を探していると、背後からフェリルがくすくすと笑いながら前に出てきた。
「あらあら学院長。まだそんな『身分』や『面子』の話を?世界が滅ぶかもしれないというのに、随分と余裕がおありですこと」
「フェリル、貴様は黙っていろ!」
「あら嫌だ。でも、このままじゃ話が進まないでしょう?」
フェリルは優雅な足取りでブラッドの隣に立ち、学院長に向き直った。
「いいですか、学院長。エリオス・ヴァルトランはもはや『一学生』ではありません。彼は、この国…いいえ、この世界に残された唯一の『希望』です。その希望を育てるのに、国の最高戦力を使うのは当然の判断でしょう?それを『家庭教師』などと矮小化している時点で、あなたはこの危機の深刻さを何も理解していない」
フェリルの容赦ない言葉に、学院長はぐっと押し黙る。
ブラッドは、その隙を逃さなかった。
「学院長。これはもはや『教育』の問題ではありません。『国防』の問題です。エリオスを最強の戦士に育て上げることこそが、我々に課せられた最大の責務。そのためには、あなたの権限で騎士団長に正式な出動要請をしていただく必要があるのです」
二人の言葉の重みに、学院長は椅子に深く沈み込んだ。しばらくの沈黙の後、彼は絞り出すように言った。
「……わかった。私が責任をもって、ゼノン殿に要請しよう」
静寂の中、学院長の重い声が響く。ブラッドとフェリルは、互いに視線を交わし、わずかに頷いた。
「ありがとうございます、学院長。必ずや、彼の力を最大限に引き出してみせましょう」
ブラッドの言葉に、学院長は顔を上げず、ただ静かに頷いた。
この瞬間、エリオス・ヴァルトランの運命は、国の最高指導者へと、大きく動き出したのだった。




