episode53 もう無茶しないで
気がつくと、そこは知らない天井だった…いや、ここは養護室だ…。
てことは助かったのか…どうやってだろう…。
重い体を起こして窓を見ると、真っ暗だった。今は夜か…。
長いようで短い時間を過ごしていた。
何日経ったかは分からないが、外は何事もなさそうなのでヴァイル大災害は来ていなさそうだ。
「うっ…!」
思わず声が出た。頭と首が痛い…!そういえば頭から落ちたもんな…。
「あ、あぁああ…!」
ベッドの隣から声が聞こえた。首を抑えながらその方向を向くと人影があり、その正体は水色の髪ですぐ分かった。
「エレナ…。」
「エリ…オス…!!バカ!!」
「うわぁ!?」
飛び込んできたかと思うと、勢いに負けて押し倒された。
そして胸を両腕で叩かれて、その度に痛みで声が出た。
「うっ!や、やめ…!」
「死ぬかと思ったじゃん!…早く起きてよ…!5日間も寝てたんだよ…!!」
「え、5日間も…?」
顔を上げたエレナは、普段ツンとした表情とは思えない、涙で顔がぐしゃぐしゃになって唇が震えていた。
その表情に、心が締め付けられた。
泣かしたのは…僕だから。そんな顔をされると、とても申し訳ないよ…。
「ひゃ!?///」
僕はゆっくりエレナを抱きしめた。
エレナは体を硬直させて固まっていたが、やがて僕の背中に腕を回した。
「ごめん…心配させて…。」
「…ほんとよ。…無茶しすぎなのよ。あなたは。」
「そうだな…。」
エレナは顔を埋めて啜り泣き始めた。
「グスッ…本当に心配かけて…みんな待ってるのよ。」
「あぁ……あ!?」
そうだ!!リオンくんは!?
「ねぇエレナ!リオンは!リオンくんは無事なの!?」
起きあがろうとしたが、エレナが僕の胸を抑えて泣いていて、引き剥がすことができなかった。
エレナの啜り泣く声が止まり、涙を拭いた。
「リオンは…分からない…。」
生きてるのか分からない。そんな返答にエリオスは唖然とした。
「え…どういうことなの…?」
「レミリア先生が治療室でリオンのことを見てる。けど、5日前から出てこないのよ…。」
「そんな…!」
リオンはヴァイルに汚染されている。
ヴァイルに汚染された人間は体が腐食する。準禁書の内容を思い出して体がゾッとした。
「は…早くレミリア先生の元に行って…汚染のことを伝えないと…。」
起きあがろうとエレナを引き剥がそうとした時だった。
「汚染のことは知ってます。」
「え…??」
足元から声がして、その方向に顔を上げると、レミリア先生はベッドに腰をかけていた。
「レミリア先生!?いつの間に…!?」
「治療が一段落したから来ましたー。そしたら2人で抱き合って…まあ未遂みたいだけど。残念。」
「「何の話ですか!!!」」
2人で声をあげてエレナが起きて離れた。
「それより!リオンくんは!そもそも汚染のことを何故…!」
「落ち着いて。汚染はフェリルから聞いてるし、あなたも重症よ。変に騒ぐと痛めるよ。」
落ち着こうとするがリオンの無事が気になりすぎて呼吸がままならなかった。
「結果としては生きてるわ。全身の汚染は徐々に引いている。」
「!っ……よかった……!」
胸の奥が一気に解けて、呼吸が荒くなる。思わずベッドの縁を掴んで俯いた。
リオンが生きている。
その事実だけで、世界が救われたように感じられた。
「ただし」
レミリア先生の声が、冷たい現実を突きつけてくる。
「治療がかなり遅れたからね…。一度心臓を止めてるから体にかなり負担かかってるわ。」
「……え?」
僕は絶句した。
「止めなきゃ汚染が血流に乗って全身に広がってた。だから、止めてから血を浄化して、また動かしたの。」
「そんなこと……!」
体の奥底が震えた。リオンは、本当に死の淵に立たされていたんだ…。
「驚くのはわかるけど、それくらい危なかったのよ。」
レミリア先生はさらりと言ったが、その言葉の重さに僕の背筋は冷たくなった。
その後、僕は強引にお願いしてリオンの様子を見に行った。
治療室のベッドに横たわるリオンは、かつての青黒い肌からすっかり色を取り戻していた。
ただ、両腕だけはほんのり青く、冷たさが残っているように見えた。
「リオン…。」
彼の寝顔を見つめると、胸が締め付けられた。
「本当に……生きててくれてありがとう。」
リオンが生きている。
その事実だけで、世界が救われたように感じられた。
「さてと」
レミリア先生はエリオスを無理やり浮かした。
「ちょっ…うわぁ!?」
「レミリア先生!?…」
エレナは慌ててエリオスの手を掴もうとしたが、ギリギリ届かなかった。
レミリア先生は真剣な表情になり、じっと僕を見据えた。
「きみもリオンに負けないくらい重症よ。早くベッドに戻りなさい。」
レミリア先生はエリオスごと看護室に通すと、ベッドに押し込むように落とした。
「あなたも限界を超えて力を引き出したでしょう? その反動が体に残っている。魔力の流れが乱れているし、次に同じことをすれば無事じゃ済まない。それでもいいの?」
エリオスはその言葉を理解し、顔をしかめて悩んだが、すぐ答えを出した。
「……それでも、仲間を守れるなら」
体はボロボロなのに、心だけはまだ燃えている。
レミリア先生は深いため息を吐いた。
「ほんと、懲りないね……。でも、その気持ちは嫌いじゃないわ」
そう言って、ほんの一瞬だけ口元を緩めた。
それとは反対に、エレナはジッと睨んでいた。
「また無茶する気? 今回は無事で良かったけど、次はないかもしれないのよ?」
「…でも、人を守るためなら、命だって…。」
そう言うと、エレナは僕の手を握ってきた。
「エリオスくん、エリオスくんがいなくなったら私生きていけないのよ…。」
暗い部屋でも分かるほど、エレナは顔を赤くしてそっぽを向いた。
エレナのあんな顔なんて、見たことなかった。
いつもプライドに満ち溢れていて、カッコいい人だと思ってた。でも今は、僕の前だけ違う顔を見せてくれる、まるで乙女のような…。
(…エレナは、幼馴染として、大切に思ってくれてるんだな。)
落ちこぼれていたときでも、エレナは真摯に向き合ってくれた。エレナはとても心が広い。素敵な人だと改めて思った。
「な…なによ…。私の顔…何かついてるの…?」
「いや…ありがとう、エレナ。」
「っ!…だ、誰だってそうよ!例えばあの人とか…。」
その時、廊下から足音が駆け込んできた。
足音に特徴はないが、何となく誰が来るかは察した。
「はぁ…噂をすれば来たわね。」
勢いよく扉を開け放ち、涙目のキアラルが飛び込んできた。
「エリオスっ!!!」
彼女の視線は僕に向けられ――次の瞬間、全力で抱きつかれた。
「よかったぁ……! 本当に……無事で……!!」
小さな肩が震え続ける。その温もりが胸に痛いほど響いた。
「キアラル……ごめん。心配かけた」
「心配なんてレベルじゃないわよ! 私、止められなかったら本気でダンジョンに行ってたんだから!」
エレナが横から呆れたようにため息をついた。
「全く……あんたたち二人揃って、無茶しかしないんだから」
「だって…!エリオスが心配で心配で夜も眠れなかったんだ…よ…。」
キアラルの声が徐々に途切れ途切れになっていくと思ったら、突然力尽きた。
「うぇ!?ど、どうしたの…って寝てる…?」
キアラルは僕の膝の上で、寝息を立てていた。
それを見たレミリア先生は、微笑みながらキアラルの頬を手撫でた。
「夜寝てないって言ってたし…安心して寝たのかな。」
エレナはキアラルの様子にため息をつきながらも、仕方なさそうにため息ついた。
(まぁ‥今日くらいは譲ってあげますか。)




