episode52 死は救済。最後の希望
――――――話は少し遡り…。―――――
魔剣学院の広場ではダンジョンからの帰還を果たした大勢の生徒でにぎわっていた。
だが、一部で混乱に陥っていた場所があった。
「早く…早く見つけてください!!」
「今やってるから落ち着きなさい。」
エレナは食い下がるように先生の袖を掴んでおり、
フェリル先生は展開された巨大な水晶板で、エリオスとリオンの行方を探していた。
「……おかしい。ここまでは追えたのに……」
常に冷静なフェリル先生も珍しく、額に汗を浮かべていた。
「落ち着いてなんていられないわよ!あのふたりがどこにいるのかも分からないのに!!」
「今、必死に奥地を探しているから……!」
すると、状況を察したキアラルがやってきた。
「エリオス、リオンくんが行方不明…ということですか?」
「キアラルさん…。」
キアラルは絶望した様子で涙を浮かべていた。
「あのエリオスが…?嘘…だよね?迷子なだけなんだよね!」
キアラルの言葉に、私は何も言えなかった。
キアラルは小さな拳を震わせ、足を前に踏み出した。
「私が行く!今からダンジョンに行って、絶対にふたりを連れ戻す!」
その決意は本気だった。目に涙を浮かべながらも、体はもう走り出そうとしている。
「待ちなさい!ダンジョンは転移魔法でしか入れないのよ!」
フェリル先生が声を荒げて制止する。
だがキアラルは振り返らずに駆け出そうとした。
だがすぐに、地面の魔法陣が彼女の前に現れ、淡い光の壁となって行く手を阻む。
「……っ!?」
キアラルは思わず立ち止まり、その光の障壁を拳で叩いた。
「どきなさい!私を止めないで!」
「キアラル!」
駆け寄った上級生たちが彼女の肩を押さえる。
「今の奥地はあのエリオスでも危険が伴っている!それに歩いて行くことはできないんだ!」
「そんなの関係ない!冷静になんかなれるわけない!だって、エリオスが……!!」
叫んだ瞬間、キアラルの目から大粒の涙がこぼれ落ちた。
彼女は剣の柄に手をかけ、押しのけてでも進もうとするが、転移の結界は一歩たりとも通さない。
「……くそっ!通してよ!!ねぇ!!」
その声は、広場に響き渡り、胸を締め付けるような痛みを周囲に残した。
エレナは涙を堪え、先生の隣で祈るように両手を握りしめた。
キアラルはなおも足掻き、他の生徒に押さえられながら必死に叫んでいた。
そのときだった。
水晶板が、かすかな光を放った。
「……っ!見つけた!」
フェリル先生の目が見開かれる。
水晶板が一際強く輝いたかと思うと、広場の中央に白い転移陣が浮かび上がった。
それを見たエレナとキアラルを中心に、他の生徒も集まってきた。
水晶板が一際強く輝いたかと思うと、広場の中央に白い転移陣が浮かび上がった。
「……来る!」
フェリル先生が小さく呟く。
次の瞬間、光の渦の中から二つの影が落ちるように現れた。
「エリオスくん!!」
エレナとキアラルが同時に駆け出した。
転送されてきた二人は、まるで命を削り尽くしたように無残な姿を晒していた。
エリオスは額から血を流し、顔を歪めたまま意識を失っている。胸はかすかに上下しているが、息が浅い。服は裂けていた。
一方のリオンはもっと悲惨だった。
全身の肌が青黒く変色し、紫色の斑点が広がっている。まるで体そのものが毒に侵食されているかのようだった。
「……ッ!!」
エレナの顔から血の気が引いた。膝をつき、震える手でエリオスの額に触れる。
「こんなになるまで……戦って……」
声が掠れて震える。必死に冷静を保とうとするが、涙が次々に零れ落ちた。
「エリオスくん……お願い……死なないで……!」
その横で、キアラルもエリオスに駆け寄り、すぐにその身体を抱き起こした。
「エリオス!起きてよ!!」
肩を揺さぶるが、返事はない。キアラルの表情が絶望に染まった。
「こんなの……ひどすぎる……!どうしてこんな目に……!」
リオンは上級生に抱えられ回復魔法をかけられていた。
しかし、青黒い肌は少しも変わらず、それどころか徐々に紫の斑点は増えていった。
涙で顔を濡らしながら、キアラルは周りの生徒を睨みつけるように叫んだ。
「先生!!早く治療を!!エリオスくんとリオンくんが死んじゃう!!」
エレナも必死に顔を上げ、フェリル先生に縋りつく。
「お願いします!このままだと二人とも……!!」
広場が騒然となったときだった。
広場の中央に、小柄な影が歩み出てきた。
「……下がって。」
子供のような高い声。けれど、その声音には一切の揺らぎも甘さもなかった。
周囲のざわめきが一瞬で凍りつく。
「レミリア先生……!」
エレナが振り返ると、そこには長い白衣を身にまとった小柄な少女――だが、その瞳は大人の冷徹さを湛えていた。
「ここからは私が預かる。……邪魔しないで。」
レミリア・フェリス。
学院の養護教師にして、医術と回復術の権威。
その小さな身体からは想像できないほどの威圧感に、騒いでいた生徒たちは息を呑んで道を開けた。
レミリアは倒れているエリオスとリオンを見下ろし、冷静に診断を下す。
「……このまま治療をしても間に合わない。体のダメージも汚染の進行も深刻すぎる。」
「な、何を……じゃあどうするんですか!?」
キアラルが声を荒げる。
レミリアは一度目を閉じてから、淡々と告げた。
「一度、心臓を止める。」
「はあっ!?」
「そ、そんなことしたら死んじゃうじゃない!」
エレナとキアラルが同時に叫ぶ。
しかしレミリアは一歩も退かない。
「生かすため。限界を超えて傷ついた体を、無理に動かせば逆に崩れる。心臓を止め、その間に“内側から修復”する。……成功率は高くないけど、他に方法はない。」
その冷徹な宣告に、周囲が凍りつく。
だがエレナとキアラルは、涙を流しながらも必死に頷いた。
「……お願い、助けて。どんな方法でも……!」
「エリオスも、リオンも……絶対に生きて帰らせて!」
レミリアは小さく頷き、杖を振り下ろした。
「【強制沈静】」
光が二人の胸を包み込む。
エリオスとリオンの胸が大きく上下したかと思うと――その動きは止まり、静寂が訪れた。
「……っ!?」
エレナの悲鳴をフェリル先生が押さえるように肩を掴んだ。
「心配するな。彼女は“本物”だ。」
レミリアは無言で二人の身体を浮遊魔術で宙に持ち上げる。
そして広場の奥にある養護室へと歩み出した。
「エリオスとリオンは助ける。だからしばらく治療室には入ってこないで。」
子供の姿をした少女が放つその言葉に、誰一人逆らうことはできなかった。
「エリオス…リオンくん…。」




