episode51 エリオス、覚醒。
霧が薄まり、神域展開を解除したことで魔力の消費が抑えられた。
しかし、魔獣に吸われたり、神域を使い続けたせいで魔力量は相当削られている。
自分の中にある魔力の流れが、か細い糸のように頼りなく感じられた。
(……薄い。でも、節約なんてしていられない)
ここで躊躇すれば、僕もリオンも命を落とす。
迷う余地など、一片も残されていなかった。
「来るぞ!」
リオンの声が響く。
黄金と漆黒の筋を纏ったヴァイル汚染魔獣が、両腕を大地に叩きつけるようにして突進してくる。
床石が砕け、轟音とともに波打つ衝撃波が僕らを襲った。
「【神盾】!」
残った魔力を振り絞り、光の壁を展開する。
砕け散る石の雨を防ぎきった瞬間、僕の腕が震えた。
「はぁっ……くっ……!」
息が荒い。魔力が、急速に枯れていくのが分かる。
「エリオスさん……!僕が風で牽制します!」
リオンはまだ立っていた。だが、その額からは大粒の汗が流れ、腕には紫の斑点が浮かんでいる。
「無理するな、リオンくん!」
「無理しなきゃ、あなたは死ぬんですよ!」
彼は吠えるようにして、再び詠唱を始めた。
「【烈風刃】!」
数十の風刃が乱れ飛び、魔獣の体表を斬り刻む。だが――黄金の筋が走る外殻は容易には切り裂けない。
「効きが……浅い!?」
「リオンくん下がって!」
魔獣が唸り声を上げ、反撃の尾を振り抜いた。
咄嗟にリオンを突き飛ばす。代わりに僕の胸に激しい衝撃が叩き込まれ、壁際まで吹き飛ばされた。
「がっ……は……!」
視界が揺れる。肺の中の空気が一瞬で奪われる。
「エリオスさん!! うっ…!」
突き飛ばされたリオンは体勢を整え直して再び自身を守るために風魔術を展開したが、
最初に比べて力が弱まっていて、リオンの額と腕は紫色に変色していた。
何とか立ち上がろうとするが、足が震えて力が入らない。
目の中に血が入ってとても痛い。額を切ってしまったのか。
魔力も体力も限界が近い。だが――ここで倒れるわけにはいかない。
(……まだだ。まだ、僕には守りたい仲間がいる)
胸の奥が灼けるように熱くなる。
リオンを守るためなら、自分の命なんかくれてやる…!
自然と恐怖ではなく、怒りが湧いてきた瞬間だった。
痙攣して魔力切れを起こしかけた体が、突然痙攣が止まった。
それどころか魔力の流れを深く感じ取り、力が沸き上がった。
額の血を腕でぬぐい、スッと立ち上がった。
「え、エリオスさん…?」
「リオンくん、終わらせるよ。」
自分でも驚くほど冷静になり、魔力があふれ出た感覚に酔いそうだ。
魔獣は構いなしに霧の濃度をさらに上げてきた。
だけど、そんなのは怖くない。無駄な抵抗だと見下ろせた。今までは最も恐ろしい相手だと怖気づいてしまっていたのだが…。
「リオンくん、魔力は残ってる?」
「う、うん…まだ何とか…。」
リオンはエリオスの変わりように唖然としていて、返答に困惑しながらも答えた。
僕は神剣を握り直し、地を蹴った。
「リオン、もう一度風を……!僕を浮かせて!」
「え…は、はい!わ、わかりました! 【昇り風龍】!」
リオンが残った力を振り絞り、足元に風を巻き上げる。
その上昇気流に背を押され、僕の体は一瞬で宙へと舞い上がった。
眼下に広がるのは、黄金と漆黒が混じる異形の魔獣。
赤い眼が僕を捕らえ、憎悪に燃える。
(……これで終わらせる!)
全身からあふれる魔力を、剣に凝縮させる。
神剣の輝きがさらに増し、金色を通り越して白色に輝いた。
「リオン!僕を魔獣に飛ばして!!」
「え!? は、はい!」
風の弾が僕の背後に飛んできて、花火のように爆発音を上げながら体が魔獣の方へ飛ばされた。
その時だった。魔獣は僕に向かって大きく息を吸い始めた。
あの動きは、岩壁をも削る、濃く粘つく霧を吐いてくる動きだ!
生身で受け止めて無事で済まない…!でも攻撃をやめるわけには…!
命を捨てて斬りかかるしかない。そう覚悟した瞬間だった。
「エリオスさん!!」
リオンくんが霧の中を走りながら、魔術の前に飛び出してきた。
「ぐっ…!!【突風】!!」
魔獣が吐き出した霧を、リオンは激しい突風で追い返した。
しかし、それは一瞬だった。
リオンは汚染された霧に飲み込まれ、岩壁に衝突した。
「リオン!!」
「うっ…あぁ…僕の風はもう…起こせないから…。」
全身に紫の斑点に青黒くなった肌で、リオンは目を閉じた。
「リオン!!ぐ…!」
泣き出したい気持ちを抑え、怒りの衝動を魔獣の方へ向けた。
「お前を…!断罪する!!」
間合いに入った。その瞬間剣の輝きが洞窟全体を輝かせた。
「【神域…断罪】!!!」
振り下ろした瞬間、金色の光が奔流となって汚染魔獣を呑み込み、神と闇の力が正面からぶつかり合った。
耳をつんざく衝撃音。視界を塗りつぶす閃光。
そして――黒い咆哮は、焼き尽くされるように消えた。
魔獣を斬ったあと、エリオスは頭から落ちて、意識を朦朧としていた。
「がぁ!? ぐ…!…リオン…!」
岩壁に横になっているリオンの方に目をやった。
目を閉じてから動かなくなっており、いち早く治療を行わないと本当に命が危ない。
僕は這いずりながらリオンに向かったが、視界が歪んでいて、体の疲労も一気に押しかかってきた。
(だめだ…早く…助けないと…!)
手を伸ばした瞬間、そのまま意識を手放してしまった。
――戦いは勝利した。だが代償は、あまりにも大きかった。




