episode47 耳と乙女心と蛇
――――――エレナSide―――――
静まり返ったダンジョンの通路を、二人の少女の足音がゆっくりと響いていた。
先頭を行くのはエレナ・ルシフェリア。
その背後を、やや距離を空けてキアラルが軽い足取りでついてくる。
「ねぇ、さっきのことだけど――」
キアラルの声が、石壁に跳ね返って広がった。
「……エリオスくんのこと?」
エレナは振り返らずに答える。その声には少しだけ棘がある。
「ううん、別に悪いこと言おうってわけじゃないよ? ただ……エリオスって落ち着いてるよね?」
「それは……きっと鈍感なだけよ。あんなにアピールしても関係は進まないんだから。」
「うん。でも、ちょっと距離を感じる時もあってさ」
その言葉に、エレナはほんの一瞬、足を止めかける。
「……それは、私も少し感じてる」
ふたりの間に沈黙が落ちる。
だが、その静けさは長く続かなかった。
「そういえばさ、ヴァイル大災害って……」
キアラルが声のトーンを落としながら口にした。
「もちろん、私はエリオスのために戦うわ。魔力が使えなくても。」
「……だから、私たちも強くならなきゃって思ってるのよ。」
エレナの声は凛としていたが、そこにはわずかな震えが混じっていた。
その時だった。
――カチッ。
「……あっ」
エレナの足元で、かすかな“何かを踏んだ音”が響いた。
「えっ、今のって――」
キアラルが声を上げる間もなく、床の亀裂から紫色の霧が噴き出した。
「きゃっ……!?」
霧はあっという間にエレナを包み、濃密な魔力を伴って通路を覆った。
――――――――――――――――――――――――
「げほっ……なに、これ……」
数秒後、霧の外に出てきたエレナは、咳き込みながらも体の異変に気づく。
「な、なにこれ……!?」
鏡がなくとも、頭に“ふわり”と違和感がある。
手をそっと伸ばすと――
そこには、白くふわふわしたウサギの耳が、ぴょこりと生えていた。
「え、ええええええええええっ!?!?」
内心で大混乱しながらも、エレナはなんとか冷静さを装おうとした。
(お、落ち着いて……これは、たぶん一時的な……魔法的な何か……よね……?)
と、自分に言い聞かせていたその時。
「うわー!いいなぁ!私も生やしたい!!」
突如目を輝かせて駆け出すキアラル。
「ま、待ちなさいキアラルさん!やめ――」
止める間もなく、キアラルは笑顔で紫煙の中へと突入していった。
――――――――――――――――――――――――
数十秒後。
「……ふぅ、あっつーい霧だったなぁ」
霧の中から平然と現れるキアラル。
頭には――何も生えていなかった。
「……無事?」
「うん。なーんも変わってないよ? あれー、なんでだろ」
「……もしかして、魔力の影響……?」
エレナは顎に手を当てながら考える。
「私の魔力が濃かったから、あの霧に反応して……うさ耳が生えたのかもしれないわ」
そして、ふと自分の頭をなでてみて、ふさふさの手触りを確認する。
「……いつまで生えてるのかしら、これ」
その呟きに、キアラルは無邪気な笑みを浮かべて言った。
「ねえねえ、エリオスが見たらどう思うんだろうね~?」
「っ……!?」
エレナは一瞬で顔を真っ赤に染め、頭を抱える。
(ば、ばかなこと考えちゃダメ……でも、でも……)
――“エレナ、その耳……かわいいね(なでなで)”――
脳裏に浮かぶ妄想。しかもエリオスくんの優しい声で。
「っ……やめてええええええええ……っ!」
エレナは自分の両耳を押さえて、しゃがみ込んだ。
「ひゃはっ、なんか可愛い~」
「う、うるさい……!!」
――――――――――――――――――――――――
その時だった。空気が変わる。
奥の通路の暗がり――そこに、なにかがいた。
ざりっ……ざりっ……という“這う音”と共に、紫がかった鱗がぬらりと光る。
「っ……あれは……!」
二人の視界に現れたのは、赤紫の鱗を持つ、巨大な蛇だった。
冷たい瞳がふたりを射抜き、口元からは蒸気のような吐息が溢れ出ていた。
「も、もしかして……ダンジョンボスってやつ……?」
「……キアラル、構えて。行くわよ」
エレナは、まだぴょこんと揺れるウサギ耳を気にしつつも、
その視線は凛と、氷のように研ぎ澄まされていた――。




