episode20 出発
祭りが終わりに近づいた頃、僕はキアラルの家で一晩を明かすことになった。
キアラルは楽しそうに鼻歌を歌いながら部屋で荷物をまとめていた。
その時エリオスはキアラルの母親と机越しに向かい合っていた。母親は笑顔で紅茶を振る舞ってくれたが、正直とても気まずい。何を話せばいいんだ…。
すると、壁にたくましそうな男の写真が飾られているのに目が入った。いったい誰なのかはすぐ察した。
「あの…あの人はもしかして…?」
エリオスの指さす方を見た母親は虚しそうに写真を手に取った。
「この人ね…私の夫…キアラルのお父さんよ。山神様を討伐しようと村を出て帰ってこなくなったけど…。」
母親は過去を嘆くかのように写真の額縁を撫でた。
やっぱりキアラルの父親だったのか…って、悲しい話題を引き出してしまった!
「す、すみません!思い出させてしまって!」
「いいのよ。もう数年前の話だし。キアラルはお父さんが帰ってこなくなってから一切お父さんのこと話さなくなったし、知らないのも無理ないわ。」
キアラルは父親のこと話さないなとは思ったけど、そんなことがあったなんて…。
すると、母親はほんのり微笑んでキアラルのことを話した。
「キアラルが魔剣学院に行きたいなんて、最初は驚いたけど、日々鍛錬してるのを見て本気なんだなって感じたわ。」
「え?キアラルっていつから鍛錬を…?」
「キアラルの成長が止まって、すぐお父さんが討伐に帰ってこなくなった時だから…8年前とか?」
そんな前から!?そんなに本気で魔剣学院目指していたなんて…。
一言で断った自分が恥ずかしくなってきた…。
自分の行いを恥じいていると、母親は姿勢を正してエリオスの方へ向き合った。
「エリオスくん…わがままなキアラルの願いを聞いてくれて感謝します。どうかキアラルをよろしくお願いします。」
そういうと母親は頭を深く下げた。
「ちょっ…!頭を上げてください!」
エリオスは慌てて手を振り、母親に頭を上げるよう促した。エリオスにとって誰かに頭を下げられたことがないのだから、困惑するのも無理はない。
エリオスの戸惑いを感じ取った母親は優しく微笑むと、エリオスの頭を優しくなでた。
「大丈夫、キアラルはあなたのこと信頼しているわ。だから無理せず見守ってあげて。あなたがいるだけでもキアラルはきっと安心してくれるから。」
エリオスはその言葉に強く心を打たれた。何気にキアラルに付き合っていたつもりであったが、気が付けばかけがえのない存在になっていたことを実感した。
母親は軽く伸びをすると、とある方向を指さした。
「エリオスくん、あそこの部屋に布団を敷いてるから、明日は早いしもう寝ても大丈夫だよ。」
「ありがとうございます。でももう少し起きてようと思います。考え事があって…。」
母親は軽く頷いて、「無理しないでね。」と部屋を出て行った。きっと気を遣って1人にしてくれたんだろうな。
そういえば、こうやってゆっくりしていられるのは久々だ。魔剣学院を出てから数日しか経ってないが、何週間と感じた日々だった。
洞窟で変異種コボルトに死にかけながら戦い、カーレリア様から加護を与えられ、キアラルと出会い、山神という魔物に殺されかけた。
そしたらカーレリア様から鬼畜な試練を実行されて99回殺された…。でもおかげで強くなれたのだから目を瞑ろう…。
久々に体の力が抜けたと思うと、急に疲れと睡魔が押し寄せてきて、泥のように意識を落とした。
「エリオスーー!起きて――!」
「ふぇ…?明る…。」
気が付けば既に日が昇っていて、キアラルは準備を終えていた。
「ごめん…寝過ごしてた…。」
「うんうん、むしろ山神様討伐してくれた後で疲れてるのに、起こしちゃってごめんね。」
体を起こし伸びをしたあと、ぼんやりした頭を振り払うように首を回した。まだほんのり疲れは残ってる気はするが、自然と心は軽かった。
「本当に大丈夫だよ。久々にゆっくり寝れたし。」
キアラルは笑顔で「ならよかった!」と微笑むと、重そうな荷物を背負った。
「も、持つよ!」
反射的に口に出すと、キアラルは首を振りながら言った。
「いいよいいよ!普段鍛えてたし!…それとも中の着替え気になる…?下着とか…♡」
「ふぇ!?いややや!!??」
「冗談だよ!」
意地悪そうに舌を出して先に部屋を出ていった。
なんかキアラル、呪いが解けてから積極的になったような…?
「ほんと…呪い解けてから変わったな…年の見た目の余裕かな…。」
エリオスは苦笑いしながら起き上がり、キアラルの後を追うように部屋を出た。
外に出ると、キアラルを見送りたいと村の人々が集まっていた。
キアラルは村の人たちと別れを惜しんでいた。
「キアラル…体には気を付けるのよ…。」
「いつでも帰って来いよ!オレらはいつでも迎える準備してるからな!」
「ありがとう…みんな…!」
キアラルは目に涙を浮かびながら笑顔でみんなに別れを告げていた。
普段明るいキアラルでもさすがに別れは悲しいだろうな。
すると、村の長老に後ろから話しかけられた。
「エリオス殿。キアラルのこと、よろしく頼む。」
長老は相変わらず無表情であったが、瞳の奥で何か試されてるような気がした。
「もちろんです。キアラルは僕が守ります。」
「…その言葉、忘れるでないぞ。」と、エリオスの肩を静かに叩いた。
長老の瞳は、エリオスの決意を信頼したかのように目尻が下がっていた。
挨拶を終えたキアラルはエリオスの隣に行き、村の人全員に向けて手を振った。
キアラルはこの後の出来事を待ち構えるかのように、覚悟を決めた落ち着いた表情をしていた。
「行こう、エリオス。」
「…あぁ。」
エリオスとキアラルは村を後にし、しばらく先にある魔剣学院に向かって歩みを進めた。




