近頃、ご近所で噂になってる幽霊ーーそれ、私の娘なんですけど
◆1
近頃、近所でひとつの噂がささやかれていた。
大通りの交差点に、小学生の女の子の幽霊が出るという。
以前の私だったら、相手にしない。
鼻で笑い飛ばしていただろう。
でも、今は違う。
その噂の幽霊こそが、私のたったひとりの娘なのだから。
娘は死んだ。
交通事故だった。
私と一緒に横断歩道を歩いていたら、トラックが突っ込んできた。
私は娘を助けようと、咄嗟に彼女を歩道の方へ突き放した。
ところが運悪く、トラックの方も歩道の方向へとハンドルを切った。
そのために娘は……。
今でも、後悔している。
抱き抱えた状態で、一緒に死ねば良かった。
シングルマザーの私は、いまや独りぼっちだ。
今日も私は、娘の生命を奪った事故現場へと向かう。
◆2
娘が生命を落とした事故現場には、今日も人だかりが出来ていた。
幽霊が出るろいう噂を確かめようと、わざわざ遠くからスマホを片手に出向いてくる者もいるみたい。
ふざけた話だ。
野次馬を押し除けて、私はズンズン電柱に向かう。
事故現場の電柱付近には、たくさんの花束が供えられていた。
わずか六歳で生命を絶たれた娘を悼む人々もいるようだ。
娘の名前は舞美。
小学生のママ友やご近所さんから、「マミちゃん」と呼ばれ、可愛がられていた。
事故死の報道も、テレビやネット記事で全国的にされていたから、献花は多かった。
でも、幽霊見たさの好奇心で来たヤツらからのお供物は要らない。
私は、娘が大切にしていたクマさんのぬいぐるみを、今日も捧げる。
私がぬいぐるみを置く姿を目にすると、みんなひそひそ話を始めた。
中にはスマホでカシャカシャと写真を撮る者もいる。
娘を失い、悲嘆に暮れる母親を激写して、ネット配信か何かで晒すつもりらしい。
酷い話だ。
こんなに大勢、人々が集まっているのに、私はまったく孤独に感じていた。
野次馬が噂に釣られて、興味本位で動くのは仕方ない。
でも、やるせないのは、ご近所さんや顔見知りの人々までが、つれない態度になってしまったことだ。
娘が死んだのだから、母親の私は悲しいに決まってる。
それなのに、誰もお悔やみを言ってくれなかった。
慰めてくれる人もいなかった。
私の気持ちなんか、誰もわかりはしない。
もう友達もいなくなった。
誰も話しかけてくれない。
私が挨拶しても、みんな目を合わせなかった。
挨拶を返してくれない。
親しかった人も、私のことを無視する。
私が気が狂ったと噂してるんだわ。
そりゃあ、ひとり娘を失ったばかりのシンママに声をかけるのは重すぎるでしょうね。
わかるわよ。
でも、やっぱり酷すぎる。
彼らは、私がぬいぐるみを供えて手を合わせるのを遠巻きに眺めるだけ。
私が大声をあげて泣いても、みんな知らんふりして通り過ぎる。
何かを示し合わせたように、ささやきあって。
でも、私は挫けない。
クマのぬいぐるみを捧げたら、あの子が戻ってくると私信じてる。
娘はーーマミは言っていた。
「わたし、どこにいっても、ぜったい、クマのミーシャを置いていかない。いつもいっしょ」と。
三年前の誕生日に、クマのぬいぐるみをプレゼントで贈って以来、娘はいつもミーシャと一緒だった。
ベッドの中にも潜り込ませて、添い寝をしていた。
娘が事故に遭ってから三ヶ月、一週間に一度は、事故現場の電柱に、ミーシャを一晩だけ供えて置き続けている。
娘は幽霊になったと噂されるほど、いまだに現場にやって来る。
だったら、ぬいぐるみを目にして、「これはウチのミーシャだ」と喜んで抱きかかえ、私ひとりが寂しく待つ、ウチへと帰ってくるはず。
そう。
私は、娘がーーマミがこのまま死ぬのなんて、絶対に認めない!
私は電柱に向かって手を合わせ、力いっぱい祈った。
娘を返してくれ、と。
すると、ウチに帰ったらすぐ、待望の奇蹟が訪れた。
突然、娘の声がしたのだ。
「ママ。わたし、ここにいるよ」
アパートの部屋に、クマのぬいぐるみを抱えた娘が、こちらを見て微笑んでいた。
◆3
私は土足のまま駆け上がって、ぬいぐるみごと、娘を抱き締めた。
「ごめんね。マミちゃん、ママが悪かった。
病院も警察も、あなたが死んだなんて嘘をつくから、ママ、ずっと悲しんで泣いてたの」
娘と抱き合う。
幽霊なんかじゃない。
私と同じく、肌の触れ合う感触がある。
「お母さんを置いて、どこ行ってたの? 心配したじゃない」
娘も目に涙をいっぱい溜めていた。
「ごめんなさい。でも、でもーー」
奇蹟の夜ーー私は久しぶりに、娘との会話を楽しんだ。
そして、翌朝ーー。
私は目が覚めたら、さっそく隣で寝息を立てる娘の頭を撫でた。
たしかに、娘が生き返った。
嬉しさに、思わず神様に祈りを捧げたい気分になっていた。
私が天井を見上げて手を合わせていると、いきなり玄関で音がした。
ガシャ、ガシャ。
玄関のドアノブが、クルクル回る。
私は台所から包丁を持ち出し、玄関先に向かった。
(誰かが、ドアをこじ開けようとしている!?)
さらに、ガチャガチャと、鍵を差し込んで、回す音がする。
「誰!?」
私が叫ぶと、見知ったおじさんが顔を出してきた。
一目見て、私は大きく安堵の吐息を漏らした。
(ああ、大家さんか……)
ウチのアパートの大家さんは優しい。
私がシングルマザーと承知で、部屋を貸してくれた。
家具も備え付けだったし、炊飯器やポットなどの家電も新たに買い揃えてくれた。
入居するとき、どれほど助かったか。
娘が亡くなってからも、家賃の催促はなかった。
……。
でも、かれこれ三ヶ月ほど経ってる。
さすがに家賃を徴収に来たのかもしれない。
「見てください、娘が帰ってきたんですよ!」
私は大家さんに向けて微笑む。
娘もやって来て、ちょこんと頭を下げて挨拶する。
いつもなら、大家さんは、クシャクシャになるまで娘の頭を撫でてくれる。
髪型が崩れるからと、娘の方は頬を膨らませたものだったが。
だけど、今日はいつもと様子が違っていた。
私ばかりか、娘をも無視して、ズカズカ玄関を上がってくる。
「酷いじゃないですか!
ここは私たちの家ですよ。出て行ってください!」
私の怒鳴り声を耳したからか、大家さんは溜息をつきつつ、踵を返して玄関を出る。
が、すぐに舞い戻ってきた。
彼はチリトリとホウキを手にしていた。
そして、私たちの部屋を、無遠慮にザッと見渡す。
「ったく、全然片付いてないじゃないか。
困るなぁ。
ただでさえ不気味な噂が立ってるってのに」
いきなりホウキでザッザッと掃いて、掃除を始める。
私は目を剥いた。
「あなた、何を!? やめて、やめて!
私の部屋に何するの!?」
ここに娘もいるのに。
大家さんは聞く耳がない。
そればかりか、抗議するために、私は腕を力いっぱい振り回したのに、私の手は大家さんの身体をすり抜けるばかりだった。
(なに? どういうこと!?)
私は心底、驚いて、尻餅をつく。
そして、傍らで泣いている娘を抱き締めた。
◆4
大家さんは、思いもかけない事態に直面して、頭を悩ませていた。
彼は公務員を定年退職してから、アパート経営を始めた。
老後資金の節約のために、管理人も兼ねた。
アパート管理は、老後の自分にもできる気儘な仕事になるだろうと、甘く考えていた。
そんな彼にとって、部屋の借主が子供ともども交通事故で亡くなり、それ以来、化けて出るなどという風評が立つことなど、まったくの想定外の出来事であった。
あらかた部屋を掃き終わってから、ふぅと息を吐いた。
「早く綺麗にしないと、新しい入居者が見学に来てくれないからなぁ。
それに、家具や家電が備え付けなのはウチの売りなんだけど、さすがに縁起悪いから、早々に処分しなきゃ。
あのお母さん、丁寧に使ってくれてたから、まだまだ使えるんだけど、仕方ない。
それにしても、この部屋の中であの母娘が亡くなったわけでもないのに、ネットで事故物件扱いになってるのには困ったもんだ。
まさか、貸すのにも告知義務とかあるのか?
いや、事故現場じゃないんだから、素知らぬ態度で貸そうかな。
家賃を値切られるのも癪だし……」
大家さんが部屋から出たら、アパートの住人たちが集まってきた。
「大家さん、お聞きになりました?」
「お母さんが事故現場に姿を現わして、娘さんを探してるって」
「私はクマのぬいぐるみを抱えて睨みつけてくる、って聞いたわよ」
「マミちゃんだけじゃなく、お母さんも化けて出てるって噂になって、心霊写真までネットに上がってますよ」
大家さんは額の汗を拭った。
「それも当然でしょうな。
マミちゃんを庇うようにして覆い被さっているところを、母娘ごとトラックに轢かれたっていいますからね。
ウチのアパートに来た警察官が言ってましたよ」
お隣の奥さんも、目に涙を溜めた。
「幾つもパートを掛け持ちして、娘さんのために頑張ってたお母さんだったから……。
せめて、マミちゃんだけでも助けられなかったかって、無念に思ってるんじゃないかしら?」
みなに取り囲まれ、大家さんは腕を組み、眉間に皺を寄せた。
「成仏しきれないのか……。
だったら、仕方ない。
馴染みの神社から、神主さんに来てもらうか。
噂がこれ以上、大きくなる前に、何か手を打たないと……」
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