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恋に道連れ  作者: Hk
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3. 知らなかった姿に


 社交界での日々は概ね順調。

 知人も増え、こちらから声をかけるだけでなく、かけられることも増えてきた。

 商社との繋がりも出来てきている中で、一部は仕事にも繋がった。東方への物流を検討している商社から、イースト・ノーザン・レールウェイの貨物車両の使用の打診があり、検討が進んでいる。


 一方で、いいことばかりではなかった。

 顔見知りが増えてくる分、やっかみや反感を買うこともある。

 アイザムは帝都に出てきたばかりの若者で、もちろん貴族ではない上、独身。後ろ盾はほぼ無い。

 旧来からの家柄や伝統を重んじる人たちからは相手にもされないこともある。



 その日、商工会の知り合いに誘われて参加したポロの試合で、アイザムは初参加ながら非常に良い結果を残した。

 しかし試合後の懇親会でのこと。

 ポロの大会を取り仕切っていたのは貴族議員の人物で、その男に目を付けられたのがまずかった。


 貴族議員の息子が相手チームにいたらしい。

 大差をつけて勝ち、本日のMVPとなってしまったアイザムに対し、やれ「挑戦的だが優雅でない」だの「馬の扱いに気品がない」だの堂々と言う。

 さらにアイザムの仕事を知り、酒が入ったこともあり、イースト・ノーザン・レールウェイのことを馬鹿にして留飲を下げていたようであった。


 アイザムは道化になり切ることにし、終始笑みを浮かべながら相手の話を流した。

 どうせこの類の人間は自分が話したことを次の日には忘れるし、覚えていても反省しないものだ。

 周りから誤解されないよう、適宜頷いたり、逆にやんわり反論したりしながら終わりまで過ごした。



 ────とはいえ、イラつくのも事実。



「あーーーーーーー!! くそっ!!!」


 屋敷に帰ってネクタイを力任せにゆるめ、そのまま書斎のソファに身を投げた。

 口から溢れそうになる暴言を酒で流し込んでいたので、普段より飲みすぎた気がする。目が回って仕方がない。


 もう深夜。

 玄関の灯りは点いていたものの、アイザムの帰りが遅いこともあって、家政婦のエルダはもう帰宅しているし、シェリにも待っていなくていいと言ってある。すでに就寝しているだろう。

 誰に聞かれるでもない。痛む頭を押さえながら、大きくため息を吐く。


「くそが……、あの場で反論できないからって好き勝手言いやがって……! 手を動かして仕事したこともないくせに」


 貴族議員は、自身も商社を経営しているらしかった。

 東方に鉄道をひいたところで黒字運営できるはずもない、先の見通しが甘すぎる、田舎者の労働者、この場に相応しくない、といった言葉を、貴族らしくベールを被せたような嫌味っぽい言い回しでぐさりぐさりと刺してきた。

 しまいには、今日ポロで活躍した理由を「普段が肉体労働だから」という意味を含ませて嘲笑してきたのだ。


「現場仕事を貶めるなんて頭が腐ってやがる! てめえらが口にする食べ物も悪趣味な装飾も、家具もそれらの原料だって、全部誰かが汗水たらして働いた結果じゃねえか!!」


 イラつきが収まらず、駄々っ子のように手足をじたばたさせてもがく。


「あんなやつら堕落してやがる、くそが! 頭も体も動かしてねえからあんなぶよぶよなんじゃねえかよ! くそっ! くそっ! くたばれっ!!」

「アイザムさま」

「ぎゃっ!」


 誰もいないと思ったのに突然話しかけられ、飛び上がったアイザムはその勢いでソファからどすんと落ちた。


「シェ、シェリ……!!」

「お帰りなさいませ」

「え…………と、悪い。起こしたか?」

「いえ、起きておりました。水をご用意いたしますからお待ちください」

「あ、はい……」


 シェリはいつものスーツ姿だったので、確かに起こしてしまったわけではないらしい。

 しかし低俗な暴言を吐きながらじたばたしていた姿を見られてしまい、なんともバツが悪いではないか。

 萎れたアイザムは起き上がってソファに腰掛けたが、やはり眩暈と頭痛がして頭を押さえた。

 戻ってきたシェリが「どうぞ」と水を差し出すのを受け取る。


「上着をお預かりいたします。落ち着かれるまで横になられた方が」

「悪い……、ありがとう」


 水を飲んで、もう一度横になって息を吐いた。

 情けないところを見られてしまった。シェリの態度は変わらないけれど、こんなのが雇用主で急に申し訳ない気持ちになってきた。


「…………言い訳させてほしいんだけど」

「?」


 シェリが上着を取る手を止める。


「普段はこんなんじゃないんだ。今日は特別嫌なことがあって。普段はもっとこう……スマートにこなしていると思っている、自分では」

「はい」

「俺はイースト・ノーザンの仕事でラックウェルから出てきたばかりだけど、元々は向こうで技術者だったんだ。家族や従業員と一緒に図面引いて、資材調達して、現場にも入ってて、それが好きだった。だけど今日それをすごくバカにされて、めちゃくちゃ腹が立ったんだ」


 表情を変えず、シェリが頷く。


「確かに俺は帝都にいるキラキラした連中とは根本的に違って、知らないことも多いし、シェリに面倒をかけることもあって……、それはすまないと思ってて……」

「いいえ」

「でも他の人と何かを一緒に頑張って作るのってすごい楽しいことなんだ。うまくいかないことも多いけど、無事に動いたときの達成感とか」

「はい」

「だから向こうで頑張ってるみんなの役に立てるように俺もこっちで頑張ろうと……、ああなんだっけ、何の話してた? 飲みすぎて考えがまとまらない……、そうだ、シェリは? シェリはどこから来た?」


 と、そこまで話したアイザムは思わず口を手で押さえた。

 立ったままの彼女が真剣に耳を傾けてくれるものだから、喋りすぎて聞かなくていいことまで聞いてしまった。シェリ自身のことまで訊ねるつもりではなかったのに。


「ごめん、聞か」

「私は、」


 止めようとしたところでシェリが口を開く。


「私は紹介書にも記載しました通り、南方ロブソン地方の出身です。貧しい村で育ったのですが、弟妹が多く、父は出稼ぎでほぼ不在な中、母は身体が弱く臥せていました」

「……そうなのか」

「そのため、早く自立して収入を得るため、勉強して奨学金を得てアカデミーに入りました」

「それは、苦労したんだな」

「いえ、アカデミーでは授業外で働くことも出来たので家族へ仕送りも出来ましたし、いまもアイザムさまに雇って頂けてとてもありがたく思っております」

「……そうか」


 知らなかった背景だ。紹介書には出身地以上の記載はなかった。

 アカデミー卒ということで、元々中流階級の出身かと思っていた。

 しかしながらそうではないとしたら、自分を助けてくれているシェリの手腕は全てアカデミーで学んだ事柄ということだろう。

 自分に合う妥当な服の店を問うたが、もしかしたらシェリも元々は得ていなかった知識だったのかもしれない。


 そんなアイザムの気持ちを読んだのか、シェリがわずかに表情を和らげた。


「必要な教養や知識はアカデミーで全て学びました。そしてそのアカデミーを首席で卒業しておりますので、自信があります。アイザムさまは私に給与を支払ってくださっているのですから、お気になさらずに私の知識を利用してください」

「…………ありがとう」


 礼を言うと、シェリは美しく頭を下げて部屋を出て行った。

 アイザムも寝ようと身体を起こそうとしたが、吐き気を催しそうで、諦めてそのままソファで寝た。




 次の日。

 起きた時には二日酔いで酷い状態であった。


 通いの家政婦のエルダがソファで寝落ちしたアイザムを見つけ、「あらあらまあ!!」と大きな声を出したので目が覚めたのだ。

 頭を押さえながら目を開くと、エルダが頭上から自分を見下ろしていた。

 エルダは中年女性で、アイザムは一瞬、母親かと錯覚した。

 反射的に怒られると思って飛び起きようとしたら眩暈がして、再度ソファにくずおれた。


「気持ちわる……」

「私をご覧になって第一声がそれですか」

「そういう意味じゃないです……」

「お帰りの後にそのまま寝てしまわれたのですか、旦那さま?」

「旦那さま呼びはよして……」

「はいはい、アイザムさま。シャワーを浴びてきた方がさっぱりしますよ」


 遠回しに『掃除するからどけ』と手振りで促されて、よろよろと立ち上がる。

 もう朝の時間はとっくに過ぎているようだが、屋敷には人の気配が少ない。


「シェリは?」

「シェリさんは今日はお休みですよ、あら、ほら」

「おはようございます」


 足音がして、シェリが階段を降りてきたのを見てどきりとした。

 いつもは執事のスーツ姿のシェリが、シンプルな白いシャツとベージュのズボン姿だった。

 手袋はしているものの、様子が普段と全然違う。いつもはきっちりとお団子にしているキャラメル色の髪も、今日はポニーテールだ。


 住み込みで働いているシェリには定期的に休日を取らせているが、実際に休みの日に会うのは初めてだ。

 男装なのに、普段の堅い雰囲気とのギャップに目が離せなくなった。


 とはいえ、印象が違うのは見た目だけで、話し始めたらいつものシェリだった。


「お加減はいかがですか、アイザムさま」

「最悪です……。でも昨日は遅くまで待たせてしまってごめん」

「いえ、私も仕事が残っておりましたので。本日はお休みを頂いておりますので失礼いたします」


 腕に抱えた大きな荷物鞄は薄い麻で、中身が透けて見えた。

 シェリが着ないような衣類や、保存の利く瓶詰の食品。

 昨日聞いた話とすり合わせれば、彼女の目的は明白。きっと家族に送りに行くのだろう。


「シェリ、良い休日を」


 声をかければ、振り返ったシェリの髪がなびいた。

 目にかかりそうになった前髪を指で払い、微笑む。


「はい、ありがとうございます」


 その姿に見惚れた。


 自分が戦い、守るものがあるように、彼女も大切なものを守るためにここにいるのだ。




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