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閑話 風水コンビ


 ダンジョン実況というのは死と隣り合わせだ。


 現実、配信していた探索者がモンスターに殺され、むさぼり食われるなど日常茶飯事である。

 さすがにそういうシーンはモザイクがかかるが、それでも死んだというのははっきりと判る。なかなかに子供の教育にふさわしくない。


 が、不思議なことにどこの国の政府もダンジョン配信を禁止しないし、残虐シーンですらぼかしを入れればOKという方針だ。


 人々は公認された娯楽として安全圏から探索者たちの死闘を眺めて楽しみ、ときに賞賛を送り、ときに罵声を浴びせる。


 かつてのローマ市民がコロッセオで戦う剣闘士奴隷の姿に興奮したように。







 経験は浅いが勇敢なパーティーが扉を開く。


 新宿大迷宮と名付けられたダンジョンの十階層。ひとつめのボス部屋である。探索者にとって最初の試練とも呼ばれる場所だ。


 挑むのは四人。


 待ち受けるようにホールの中央部に鎮座するのは火狐、灰色狼のように巨大な体躯と真っ赤に燃える毛皮をもち、吐息には炎が混じる魔法生物である。


 本来、こんな浅い階層に現れるモンスターではない。

 たとえボスだとしても。

 あきらかなイレギュラーだ。


 探索者たちわずかにざわめいた。

 その瞬間、ああこいつらはもうダメだなと思った視聴者は多い。


 なにしろ彼らは目が肥えているので。

 びびったやつから殺されていくというダンジョンの()はよく知っている。


 これから繰り広げられるであろう残虐ショーに予想して、両手で目を覆って指の隙間からのぞき見る準備をした。


 火狐が吠え声をあげ、一直線に探索者たちへと走る。


「や、やるぞ! みんな!」


 リーダー格の青年が声を仲間に声をかけ、剣を構えた。

 慌てたように左右に展開していく。

 あきらかに遅い。


 案の定、配信画面のコメント欄には、遅いよ! という罵声がつらなっていた。


 いくらイレギュラーな相手とはいえ、敵が動くまで棒立ちになっているなど、素人と変わらないレベルである。

 火狐は、もちろん探索者たちの動揺に付き合ってくれなかった。


 繰り出されるリーダー格の攻撃を巧みなサイドステップで回避しながら、喉笛にかみつく。

 次の瞬間、リーダーの上半身が炎に包まれた。

 苦悶の絶叫が響き、あっというまに真っ黒焦げになった死体が転がる。


 残った三人が蹈鞴を踏んだ。


 コメント欄は、ダメだー! という絶叫に満たされる。


 敵を目の前に立ちすくみ、声に出して指示することでリーダーが誰なのかをわざわざ教え、そのリーダーが倒れたときに次に指示を出す人間が決まっていないという連携のまずさを晒した。


 これで勝てたら、戦いとは砂糖菓子よりも甘いだろう。

 三対一という数の優位も、もはや活かされない。


 一人ずつなぶり殺しにされて終わり、という面白くもなんともない結末を予想して視聴をやめる人もいたほどだ。


 しかし、そこで奇跡が起きる。

 とうてい逆転の目などないこの局面で。


 怯えて立ちすくむ探索者たちを無視して、不意に火狐が振り返った。





 立っていたのは少女が二人だ。

 ひとりは炎のような深紅の髪と瞳、もうひとりは水のような紺碧の髪と瞳。赤と青のコントラストが美しい。


「風のセシル!」

「水のアビゲイル!」


「「推して参る!!」」


 朗々と、やたらと時代がかった名乗りとともに、まずは赤毛の少女が飛び出す。


 自信に満ちた動きだ。

 右手に掲げた剣には、強く魔力の輝きが宿っている。


 その突進を危険なものと感じたのか、火狐が探索者三人を無視して、セシルを迎撃しようと動いた。

 モンスターながら、正しい判断だ。


 魔力剣を持った戦士というのは、けっして油断して良い敵ではないから。


 ほんの一瞬だけ、火狐の頭の中から青い髪の少女が消える。

 砂時計から落ちる砂粒が数えられるくらいの時間だ。

 動いていない相手より、動いている方に注意を払うのはむしろ当然である。


 しかし、その当然の行為と、コンマ何秒という極短時間が、火狐から勝機を奪った。


「残念。本命はあっち」


 にやりと笑うセシル。


「意思もちて踊れ水竜のアギト。貫け! 水竜牙(アクアファング)!」


 同時にアビゲイルの魔法が完成した。


 床と天井から伸びた四本の水の槍が、錐のように回転しながら火狐を貫く。

 頭が割れるような絶叫を、モンスターがあげた。

 燃える毛皮が消火されて、もうもうたる水蒸気がボス部屋に満ちる。


「せいやっ!」


 靄を突いて突進したセシルが、一撃で火狐の首をはねた。


 砂に変わり、さらさらと崩れていく火狐の身体。


 即席の霧が晴れると、先ほどまでモンスターのいた場所に宝石が残されていた。


 魔石である。


「すまない。助けが遅れてしまったせいで、一人死なせてしまった」


 剣を鞘に収め、セシルが救った探索者たちに近づいていく。

 いま拾ったばかりの魔石を差し出して。

 葬式代の足しにしてくれ、と。


 三人組は出来損ないの自動人形みたいに頷くだけだったが、コメント欄の方は大騒ぎである。


 この二人は何者? とか。

 強すぎだろw。とか。

 むしろ美少女すぎ、とか。


 美少女バディキター! とか。

 セシルって配信者、いた気がする。とか。

 でもきっと中身はおっさん、とか。


 ものすこい勢いでコメントが流れていく。


 風のセシルと水のアビゲイル。

 風水コンビという微妙なニックネームで呼ばれることになる探索者の、これがデビューである。



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