第4話 ツーマンセル
一人で戦うより二人で戦った方がラク。
これはまあ常識ではあるんだけど、前衛と後衛に別れることができるってのが無茶苦茶大きい。
俺は魔法をアテにして戦えるし、アビーは呪文詠唱に集中できる。
オーガーやサーベルタイガーが相手でも危なげなく勝てた。
もう、楽勝って感じですよ。
俺一人だったらとっくにくたばってるだろうに、ダメージらしいダメージもない。
「こんな気分で戦えるのは初めて。もうなにも怖くない」
「無駄なフラグ立ては禁止よ。セシル」
くすくすとアビーが笑う。
十数度の戦闘を経て、冗談口を叩きあえる程度には打ち解けてきた。
「このまま下層に行ってしまいたい気までする」
「やめときましょ。欲をかくとロクな死に方をしないわ」
「だな」
軽く首を振って、俺たちは下りの階段を無視した。
もったいないけどね!
でもそもそも俺の予定としては七階層の探索だったわけで、十一階層を歩いているってこと自体が異常なのである。
異常な状態を長く続けて良いことはあんまりない。
とっとと上層へ、そして地上に脱出するって方針を維持するべきだろう。
「クレバーな判断ができる男ってステキよ。セシル」
「うっわ。超うえから評価された! 経歴たった一年しか違わないのに!」
「その一年がおっきいのよ」
ちっちっちっと右手の指を振るアビーだった。
彼女の探索者歴は一年と三ヶ月。俺よりちょうど一年長いことになる。
高校を出てすぐに資格を取ってダンジョンに潜ったってとこも俺と同じなんだけど、これはまあほとんどの人が一緒だ。
中卒の探索者もいないわけじゃないけど、かなり少ないからね。
もちろん大卒や院卒の探索者はもっと少ない。
大学や大学院まで出させてもらったのに探索者になるなんていったら、普通は親に泣かれるって。
ともあれ、アビーのくっそえらそうな態度も、あながちおかしくはなかったりする。
俺と同期合格の連中だってもう十人近く死んでるし、二十人以上が探索者を辞めてしまった。
百人近くいたのにね。最初は。
そんなダンジョンに一年以上も挑み続けてるだもん。そりゃあ強者さ。
「アビーの代はどんくらい残ってるんだ?
「二割くらいは残ってるかな。他は死んだのと逃げたのが半々って感じ」
俺の例に当てはめれば、八十人がドロップアウトしたってことだ。
つくづく過酷な場所だよな。
ブラック企業もびっくりだよ。
「あたしも最初はパーティーを組んだりしてたんだけどね。だんだんきつくなってきちゃって」
「きつく?」
「どんどん死んじゃうからね」
「ああー」
魔法使いや回復術士はチームの肝だ。前衛は何があっても守ろうとする。
そして無理をしてしまうんだ。
無理をしてでも魔法使いさえ無事なら、魔法による一発逆転が可能だから。
その結果、誰かの犠牲の上の勝利って図式が完成する。
「いつだったか、犠牲にするための「人材」をパーティーに入れようとリーダーがしてね。あたしとしてはそれは嫌だったから」
大げんかの末、パーティーを抜けたそうだ。
その後はずっとソロでやってきた。
誰かを犠牲にするなら、ソロプレイの方が良い。
生きるも死ぬも自分次第。
成功も失敗も自分の責任。
そっちの方が気楽だった。
「でも俺とは組んだよな?」
「べつに孤独を愛してるわけじゃないもの。馬が合いそうな人とは組むわよ」
他人のピンチに駆けつけるようなお人好しで、法外な謝礼も要求しない。
信頼に値する人間だと思ってもらえたんだそうだ。
「まあそれ以前に、第一印象で良い子そうって思ったんだけどね」
「一歳しか違わないのに子供扱いすんな。そして、第一印象で決めんな」
大昔のお見合い番組かよ。
「いやいや、第一印象って大事だって。初見でやな奴そうって思った人がいい人だったケースなんてほとんどないもの。あたし調べね」
そんなもんだろうか。
納得できるようなできないような、微妙なデータだ。
「ちなみにアビーがいたパーティーはどうなったんだ?」
なので俺は深入りせずに話題を変える。
「さあ? 二、三回連絡はきたけど無視してたらこなくなったわ。地上で見ることもないし、配信もしてないみたいだし。死んだか辞めたかしたんでしょうね」
あっさりとした答えだった。
恨みもなければ未練もないって感じである。
このくらいの切り替えができなければ、こんな場所では生き残れないってことなんだろうな。
「ストップ。セシル」
どこが光っているか判らないけど仄明るい。だけと陰鬱な廊下を進んでいた俺に、アビーが制動をかける。
少し先には扉が見えていた。
「ちょっとヤバめな魔力反応があるわ」
扉を指さしながら言う。
「魔力感知か。やっぱり魔法使いはすごいな」
「セシルはなにも感じないの?」
「気配的な話なら、さっぱりだよ」
俺は肩をすくめた。
気配探知とか危機感知に長けていたら、落とし穴に落ちて十一階まで転げ落ちたりしないって。
そういうのは俺みたいな戦士より、自衛隊のレンジャーとかの方が得意だろうなあ。
「たぶんボス部屋だと思う」
「てことは、のぼり階段はこの先ってことか」
うーむと俺は腕を組んだ。
これもまた多くのダンジョンに共通してるんだけど、十階層ごとにボスと呼ばれるシンボルエンカウントがある。
そいつを倒すことで下層への道が啓開されるわけだ。
で、いま俺たちがいるのは十一階層。
本来であれば十階層のボスを倒して降りるべき場所である。このまま進んだ場合、階段をのぼったらいきなりボス戦が始まるってこと。
ちょっと厳しいな。
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