第3話 美少女とオッサン(アバターがね)
「でも殴り合ったら、あたしなんか簡単にセシルにのされちゃうだろうけどね」
「殴り合いの間合いに入れればな」
下手な慰めに俺は肩をすくめてみせる。
さっきの魔法みたいなのを使われたら、接近する前に磔ですよ。
本来、魔法ってのは必中だから、魔法を避けながら接近するなんて芸当はできない。
となると詠唱を終える前に殴りつけるってのが絶対の勝利条件になるんだけど普通は無理。
詠唱なしで放てる弱い魔法でも、連続して使われたら近づけないって。
「ゆーて、さっきオーガーに殺されかかってたけどね。あたし」
ぺろっと舌を出す。
非常にチャーミングだ。
「そいつはいわねえって話だぜ」
曲がり角でばったり出くわしたりとか、不意打ちされたりとかしたら、ぶっちゃけFAMの高い低いなんか関係ない。
あくまでも、ある程度の距離を置いて、互いに万全な状態で向き合ったときの戦闘力の比較にすぎないのだ。
ともあれこんなに美人で、しかも魔法使いときたら、さぞチャンネル登録者数も多いんだろうなぁ。
「アビーのチャンネル、見ても良いか?」
「いいけど、それを切ってからね」
「おけ。一時配信停止だ」
近くにいるカメラボールに指示を出す。配信中を示す赤ランプが、待機のグリーンに変わった。
みれば、アビーのカメラもグリーンになっている。
これはマナーみたいなもんだ。
個人情報なんかを開示し合う際には配信を中断する。どっから足がつくか判らないからね。
ふたりしてスマホを確認し、
「「TSしてるし……」」
そして見事なまでにハモった。
TS。
トランスセクシャルの略である。ようするに俺が女性型のアバターを使っていて、アビーが男性型のアバターを使っているということだ。
男の俺が配信の中では美少女ってのは、べつに珍しい話じゃないけどね。バ美肉(バーチャル美少女セルフ受肉)なんて言葉もあるくらいだし。
ネット上の美少女の中身は、たいていおっさんだよなんて警句もある。
女の子になりたいの! って性癖の人ももちろんいるだろうけど、俺の場合はもうちょっとさもしい理由で美少女アバターを使ってるんだ。
単純な人気集めっていうね。
屈強な男の探索者が配信をやってるより、可愛い女の子がダンジョンの中で飛んだり跳ねたり戦ったりしてる方がウケるんだよね。
AIが作った見目麗しい女が、じつは男だなんて視聴者は判っていて楽しんでいるわけさ。
まあ、本物の美少女に違いないって夢見ちゃってる人もいるだろうけど。
「けどアビーのアバターは謎だな。筋肉ムキムキで顎の長いおっさんってのは、どういうチョイスなんだ?」
正直、どの層にも需要がない気がする。
ダンジョン配信者なんて人気商売だから、わざわざ見た目のよくないアバターにする理由がないんだよね。
現実、アビーのチャンネル登録者は俺よりずっと少なかった。
新米底辺配信者の俺よりである。
FAM六十四の強者のチャンネルとは思えない。
こんだけ美人で、魔法使いで、しかも強いんだから、いっそ素顔で配信したっていいくらいだ。
「家凸とかされたら怖いし」
ふるふると首を振るアビー。
「FAM六十四!」
びっくりだ。
一般的な男性が六人たばになってかかっても、なおアビーの方が強いのである。
アイドルの家に押しかけるストーカー程度なら小指の先で捻れるくらい戦闘力に差があるのだ。
どのあたりに怖がる要素があるのか。
「セシルの家に、メンヘラのストーカー女が押しかけてきたらどうする?」
「すみませんでした。俺が間違ってました」
素直に謝る。
だって、想像したら怖かったんだもん。
美少女だったら……って一瞬思ったけど、冷静に考えたらそんなことはまったくなかったぜ。
見ず知らずの人が家に押しかけてきたら恐怖だわ。
まさか一般人を相手に本気で戦うわけにもいかないしね。
「それで男のアバターかあ。でもこの登録者数じゃ……」
「収益化のラインまではほど遠いわね。だから収入はもっぱらこれよ」
そういって、アビーがぽいっとなにかを投げてきた。
咄嗟に受けとめると、手のひらにあるのは魔石である。
中級と呼ばれる以上のモンスターがまれに落とすマジックアイテムだ。こいつのおかげで、さまざまな謎テクノロジーの産物が生まれた。
カメラボールなんかもそのひとつだな。
ゆよふよ空中を漂いながら配信者を追いかけて撮影し、それをリアルタイムで編集してインターネットに配信するなんて、二一世紀の科学じゃ不可能だもん。
「助けてくれたお礼よ。受け取って」
「うけとれるかよ……」
魔石の相場は三百万円くらい。
地上に一つ持ち帰るだけで新車が買えちゃうのである。
いくらピンチに駆けつけたとはいえもらいすぎだ。オーガーにとどめを刺したのはアビーだしね。
「お近づきのシルシ込みで」
にやりと笑う。
にっこりと表現したいところだけど、どう見てもにやりだ。
あきらかに悪いことを企んでる顔じゃないか。
「組まないか? だろ?」
けど、俺は笑い返した。
たぶん似たような顔でね。
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