閑話 シーカーズチャンネル
疾風レナ、引退!
このニュースは、巨大掲示板シーカーズチャンネルを席巻した。
新宿大迷宮のみならず、日本の探索者全体でも十指に入る人気探索者である。二十七という年齢を考えてもまだ引退するには早すぎる。
掲示板には様々な憶測が飛び交った。
二年前の大けがが原因ではないか、というのが最も近かったかもしれない。
悪魔アスモデウスとの戦い。かろうじて悪魔を倒し、新宿が悪魔軍団に蹂躙されるという悪夢は防いだわけだが犠牲もおおきかった。
死者七十八名。
重傷を負った者は、その二倍に及ぶ。
疾風レナもその一人だ。
全身を二十数ヶ所に渡って骨折し、左腕と左足は千切れかけ。
それでも不屈の精神で最前線に立ち続けた勇姿は、多くの者たちに勇気を与えたものである。
諦めるな、と。
人間は悪魔などに屈しない、と。
「疾風レナが引退かあ」
「一つの時代が終わったって感じだよな」
学校帰りとおぼしき高校生たちがファーストフード店で駄弁っている。
話題は当然のように人気探索者の、突然の引退についてだ。
「ミノタウロスにひん剥かれたってマ?」
「マジマジ。助けに入ったやつが配信してたから、ちょろっとだけ見えたんだよ」
「最悪。俺きのう塾だったから見れなかったんだよ」
「俺持ってるぜ。今はもうシーカーズの公式が削除しちまってるけど」
「プリーズプリーズ」
「無料で?」
「ポテトL!」
「そちもワルよのう」
くだらない会話とともに、自分の端末に送られてきた疾風レナ危機一髪の動画を視聴する。
本当にぎりぎりのタイミングで、赤い髪の少女の救援があと一分遅れたら、ミノタウロスに犯されていたことだろう。
「あ、今見えそうだった。くそ。なんでマント渡すんだよ。空気読めよ」
深刻な怒りを、さすがに小声で画面にぶつける少年だった。
気持ちは判る、と、もう一人も苦笑する。
彼自身が、昨日さんざんやったことだから。
動画を一時停止したり、拡大したり、そりゃもう涙ぐましい努力を。
思春期の少年だもの。
そんなわけで、動画の前半部分はブーイングが多かったが、風のセシルと水のアビゲイルの見事な連携は、けっこう視聴者を楽しませた。
火狐との戦いを見たことのあるものなどは、前から目をつけていたなどと鼻高々でかたったものである。
そしてレイナールの引退宣言と、霊刀レラカムイの継承にいたっては感動したというコメントも多く流れた。
ある意味で、レイナールもレラカムイも幸福だったのである。
五体満足で引退することができたし、受け継ぐべき使い手に巡り会えたのだから。
「動画を見返してはニマニマ。剣を見てはニマニマ。こんな気色悪い相棒をもってしまったあたしの気持ちを、百四十字以内で述べよ」
やれやれと優奈が肩をすくめるが、そんな皮肉など意に介せず、北斗はにっこりと笑った。
「せめて気持ち悪いにしてくれたら、テリヤキバーガーおごっちゃう」
「違いがわかんないわよ」
「いわれたときのダメージが、三ナノメートルくらい違うんだ」
「その程度の差でテリヤキバーガー出てくるんだ」
半笑いの魔法使いだ。
まあ、にやけたくなる気持ちも判らなくはない。
彼女自身はあまりシーカーズチャンネルを見ないので知らなかったが、二人が助けた探索者はものすごく有名人だった。
そしてその有名人から北斗は剣を託され、巷では風を継ぐものなんて呼ばれるようになったのである。
「ポテトもつける?」
「いらないわよ。そんなことよりそろそろ正気に戻ってくれないと、探索にも出かけられないんだけど」
帰還から一週間。取材だのテレビ出演だのも一段落した。
そろそろダンジョンにアタックしたい時期である。
資金的な問題ではなく、やはり探索者にとって地上は退屈なのだ。
物陰からいきなりモンスターが襲いかかってくることもない。ベッドで熟睡できる。
なにより、一瞬の選択ミスが死に直結しないのである。
まるでぬるま湯に浸かっているようなものだ。
なんの刺激もない。
「判ってる。ちゃんと切り替えるよ」
北斗がすっと表情を引き締める。
テレビやインターネットでいくらもてはやされようと、そんな快感はダンジョンのスリルには到底およばない。
彼自身も、はやくまた潜りたいとは思っているのだ。
探索者は死と隣り合わせじゃないと生きられないアドレナリン中毒患者だ、などという揶揄の言葉も、あながち間違ってはいないだろう。
「いい武器を手に入れたからって、セシル自身が強くなったわけじゃない。そこは忘れないでね」
「はっきりいうなよ。傷つくじゃないか」
「三ナノメートルくらい?」
「いやいや、ほぼ致命傷だって」
くだらないことを言い合いながら、もはやなじみとなったカフェを出る。
暮れなずむ街。
かつて新宿駅と呼ばれた新宿大迷宮の入り口が黒々とそびえていた。
命知らずの探索者たちを待ち受けるように。
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