第1話 滑落スタート
「あだっ! いでっ! ぐご!」
がっこんがっこんと壁にぶつかりながら転がり落ちていく。
まるでピンボールだ。
あの玉っころたちは、毎日こんな思いを味わっているのだ。つぎに遊ぶときはもうちょっと丁寧に扱おう。
台を蹴るなんてもってのほか。
そういうことをするからバチが当たるんだよ。
いまの俺みたいにね!
「ぷぎゃっ!?」
けっこうな勢いで床にたたきつけられ、世にも情けない声を出す。
声だけでなくポーズまで情けない。
防御姿勢をとれなかったから、つぶれたカエルかってありさまだ。
仕事とはいえこれが視聴者のみなさまに見られていると思うと、ちょっと悲しくなってきちゃうね。
そもそも、なんで俺がダンジョンなんかに潜っているかって話だ。
ことの始まりは一九九九年までさかのぼる。
世界が滅びるって予言されていた年らしい。世界のあちこちに謎の建造物が出現して、そこから謎の怪物たちがあふれ出してきたんだ。
でもまあ、べつに世界は滅びなかったんだけどね。
普通に迎撃しちゃった。
いやあ人類強いわー。
ゴブリンとかオークとかオーガーとか、鬼族っていわれてる連中は普通に戦ったらけっこう強いんだけど、重機関銃の一斉射撃の前になす術もなく倒れていったってわけ。
こうして侵攻はいとも簡単に食い止めたわけだけど、ダンジョンそのものの破壊はできなかったんだ。
どのダンジョンも都市部にあるからねー。まさか核爆弾を落とすわけにもいかないし。
防衛は成功したけど根本的な解決はしなかったのさ。
で、とりあえず防いだら、ダンジョンの中がどうなっているのか興味を持つ人が出てきた。
調査団とか探検隊とか、次々にダンジョンに入っていったんだってさ。
で、いろんなものを発見した。
金銀財宝とかね!
そりゃもうみんなの目の色が変わったさ。
こぞってダンジョンに挑んで、かなりの人が死んだらしい。
最初期はね。
ぶっちゃけ危険な場所なんですよ。
普通に死と隣り合わせなの。
致死性の罠があっちこちに仕掛けられてるし、凶猛なモンスターがうろうろしてるんだもん。
物見遊山でいけるようなとこじゃない。
だから国はダンジョンに入ることのできる人間に制限をかけた。完全に立ち入り禁止にしなかったのは、採取できる物品や得られる情報を諦めきれなかったから。
そして四半世紀。
俺たちみたいな探索者がダンジョンの中から配信している『番組』は、お茶の間の娯楽としてテレビや映画を抜くような勢いになっている。
激痛にしばらく悶絶したあと、俺はよろよろと立ち上がった。
ダンジョンの床というのは、まあ寝床としては最低なんですわ。なにしろずっと寝ていたらモンスターが寄ってきて食べられちゃうから。
「ぐあー、四階層分くらいはぶち抜いて落ちたのかぁ。よく生きてたなぁ」
天井の大穴を見上げながら慨嘆したあと、俺の近くに浮かんでいるカメラボールに愛想笑いしてみせる。
「大丈夫。怪我はなさそうだ」
と。
さて、自己紹介が遅れだが俺はセシルと名乗っている探索者だ。
ちゃんと日本人で本名もあるんだけど、そこは勘弁してくれ。リアルばれがやばいってのはダンジョン配信でもネット配信でも同じだってことで理解してほしい。
歳は十八。芸歴は三ヶ月。まあ、ありていにいってペーペーだよ。
春に高校を卒業して、探求者資格を取ったばかりなんだ。
身体の状態と装備品をたしかめ歩き出す。
慎重な足取りで。
さっき歩いていたのが七階層、もし四階層も滑落したのだとしたら今いる場所は十一階層ってことだ。
新米がうろうろして良い場所じゃない。
多くのダンジョンがそうなんだけど、おおむね十階層刻みでモンスターは強くなっていく。
十一から二十階層を根城にしているモンスターは、たぶん俺の戦闘力ではそうとう厳しい相手である。
「なるべく戦闘は避けて上の階層を目指すって方針だな」
わざわざ呟くのはカメラボールのマイクに拾わせるため。
面倒な話だけど、こうしないと視聴者は俺が何をしようとしているのか判らないからだ。
それなりの緊張感も伝わっているはず。
いつも視聴してくれている人なら、俺の戦闘力とかも知ってるだろうからね。
気配を殺し、音を立てないよう気を配りながら、交差路では必ず左に曲がる。
十一階層の地図なんか持ってないから原始的な左手法だ。
左の壁に手をつけているつもりで歩く、というやつね。鍾乳洞みたいな場所では意味がないけど、こういうちゃんと壁も床もあるような人工物っぽいダンジョンなら、ある程度は有効なんだよ。
そして五分ほど歩いたところで、ろくでもない光景に遭遇してしまった。
女性が襲われている。
相手は人食い鬼。人間が食欲的な意味で好物っていう最悪な連中だ。
でっけえ棍棒を振り回して、女を追い詰めている。
そして女の方はすでに武器を失い、身体のあちこちから血を流してるような状態だ。
しかも尻餅をついちゃってるから回避もままならない。
オーガーが棍棒を振り上げる。
「やめろごらぁぁぁっ!!」
考えるより前に、俺の身体は動いていた。
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