33 コンロード子爵婦人
私はコンロード子爵夫人と呼ばれている。夫の治めるコンロード領には大きな港があり、シュトルム帝国との取引で利益を出している。
今日は、シュトルム帝国から送られてきた荷物を取りに、姪が来ることになっている。待っている間、手元にあるベストセラー本を読んでいた。有名な裁判の被告が書いた日記本だ。題名は「リリアーヌ・デュボア」
3年前に我が家に招待した令嬢を思い出しながら読んだ。デュボア夫妻の残酷な行為に、涙が零れそうになった。私にも子供が3人いる。子供の命を守る為なら、なんだってしたい。でも、だからといって、代わりの命を奪うなんてことできない。
裁判の後、デュボア夫妻への批難が殺到し、侯爵は自殺し、侯爵夫人は心を病み、療養所へ送られた。両親を失い、一人残された幼い長男は、叔父に引き取られた。
この日記本の後半に書かれた「ジュエの日記」が今、物議を醸しだしている。王家に強請された魔力譲渡だ。日記にはジュエが王妃によって、むりやり魔力譲渡させられたため、魔力を失い神殿を出たと書かれている。
今、これと同じことが起こっている。第2王子の婚約者の大聖女オディットが、治癒魔法を使えなくなったのだ。神殿は王家へ抗議した。王家は罪を認めず、代わりに神殿長を横領罪で訴えた。虹色の聖水という収入源を失った後、神殿は聖水代や治療費を値上げした。それでも足りずに、神殿長は自分の趣味の骨とう品を買うために、神殿への寄付金を横領していた。神殿の権威は下がり続けている。
王家では、第二王子と大聖女オディットの不仲が噂されている。平民出身の大聖女は、教養も行儀作法も身についていないため、社交で失敗を重ね続けていた。第二王子がそれを叱りつけ、大聖女が大声で言い返す姿がよく目撃されている。
この国はどうなるのかしら。
第一王子は相変わらずベッドから起き上がれないようだし……。
ノックの音が聞こえて、本を閉じた。
「伯母様! シュトルム帝国からの荷物はどこ?」
挨拶もなしにドアから入ってきたのは、姪のメアリーだ。
ちゃんと礼儀を守りなさいと注意しようと思ったけれど、だいぶ大きくなった腹部を見てやめた。妊婦さんには優しくしてあげないとね。
「机の上に置いてあるわよ。あなた、ちょっと太りすぎじゃない?」
「もう、だって食欲がすごいのよ。お腹の子はきっと食いしん坊ね」
妊婦にしても太りすぎの姪に少し心配になる。出産は命懸けだから、少しでも危険は避けたい。
でも、私の小言を、はいはいと軽くいなして、メアリーは机に置いてあった小包を開けた。
「うわっ。なんかいっぱい入ってる」
小包の中には、妊婦でも飲めるお茶や妊娠中にとるべき栄養剤などがたくさん詰められていた。手編みの小さい靴下も入っている。左右の大きさが違って、ちょっといびつな形だ。靴下の中に何か光るものが見えた。
「これ!」
メアリーが靴下から取り出した小瓶は、虹色に光っている。
ビンに貼ってある紙には「有効期限1年 非常時に使用」と書いてあった。
私はあわててそれをメアリーから取り上げて、靴下に戻した。誰にも見られてないわよね。
「すごいね。有効期限が2日から1年になってるよ。さすがイースタン工房だね」
メアリーが小声で言った。
ゼオン・イースタン。隣国シュトルム帝国の公爵家の四男だ。長年出奔していた息子が帰って来た時に、公爵は持っている爵位のうち子爵位を譲った。子爵夫婦は任せられた領地で薬草を育て、イースタン工房を立ち上げ、新薬作りに取り組んでいる。昨年は流行病の治療薬を開発した。うちの領で輸入している副作用のない子供用の薬や妊婦用の栄養剤等は、売れ行きが良い。
メアリーは入っていた手紙に目を通して、すぐに返事を書きだした。
便箋に書いたあて名は、
『ヴィクトリア・イースタン様へ』
だった。




