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31 裁判

「リリアーヌ・デュボア。あなたは、生まれたばかりの妹から魔力を奪い、聖女になるために魔力核を奪い、殺害した。これを認めますか?」


 審問官の声が響いて、裁判を見物に来た観客は私に注目した。

 裁判は、証拠を集めた審問官が被告人に質問する形で進められる。弁護は質問された時に、自分自身でしなければならない。審問官の質問が全て終わると、国王陛下が有罪か無罪かを決定する。私の命は陛下次第だというわけだ。


 次の大聖女と言われた侯爵令嬢の醜聞が、面白おかしく新聞で取り上げられたので、裁判所は見物にきた観客でいっぱいだった。陛下の専制の場とはいえ、これだけの観客が裁判を見ていれば、適正な判決が下るはずだと私は大勢の観客に感謝した。


 審問官が観客に証拠を提示するたびに、彼らの冷たい視線とヤジが私に襲い掛かった。


 両親がもみ消したはずの証拠が、審問官の手に多く集まっていた。当時雇っていた使用人は、皆、ジュエを覚えていた。


 今になって、ジュエに同情すると言うの? 「孤児院から拾ってきたと言われたが、リリアーヌ様にそっくりだった」なんて、今、気が付いたとでも? 

 私が私だった時には、誰も見向きしなかったし、助けてもくれなかったくせに。泥水をかけられたり、ご飯に虫を入れられた日もあったわ。それなのに、私がかわいそうだったなんて、どうして今更そんなウソをつけるの?


 被告人席には私だけではなく、両親も立たされていた。

 窮地に陥っているというのに、二人とも私を気遣うような視線を向けてくる。


 ああ、違う。私じゃない。彼らに愛されているのはリリアーヌだけだ。ずっと、そうだった。


「リリアーヌ・デュボア、返事をしなさい!」


 質問に答えずに沈黙する私に、審問官は苛ただしげに声を荒げた。

 私は、それも無視して、ゆっくりと観客を見渡した。


 一段高く設けられた王族席には、退屈そうな顔をした陛下が座っている。すぐ後ろの椅子に座ったアルフ様は私と目が合うと、険しい眼差しでにらんできた。隣に座って悲しそうな顔を作ったオディットが、アルフ様の腕に手を置いた。

 オディットはアルフ様の婚約者としてここにいる。私の代わりに婚約披露パーティに出席したそうだ。大聖女の任命も終わったらしい。


 私はアルフ様の青い瞳から目をそらさずに、口を開いて告げた。嘘偽りのない真実を。


「私ではありません」


 ようやく発した私の言葉を、最後の悪あがきだとでも思ったのだろう。審問官が両手を上に向けてあげて、首を振った。お手上げだというように。


「あなたは、妹の魔力を奪っていないとでもいうつもりですか? こんなに証拠がそろっているんですよ!」


 審問官が大声で叫んだ。観客を味方につけて、私を糾弾することを楽しんでいるのだ。

 でも、私の言葉は事実なのだから、しかたない。私は嘘はついていない。


「私は妹の魔力を奪っていません。なぜなら私には妹がいないからです」


「はっ! ここまで証拠をつきつけても、しらを切るのですか。なんと浅ましい。いいですか、あなたの母親の侯爵夫人は、女児を秘密裏に出産しています。あなたにとっては魔力人形かもしれませんが、ちゃんとした人間です。あなたの妹なんですよ!」


 大げさに天を仰いで、凶悪な犯罪者を裁く演技に酔っている審問官を眺めながら、ただ、私は真実だけを告げた。



「私には妹はいません。弟はいます。そして、姉がいました」


 私の言葉に会場にざわめきが広がった。


「は? 何を言っているんですか。姉? 魔力人形にしたのは妹ですよ。あなたより後に生まれた者を妹と呼ぶでしょう?」


 バンと机をたたいて不快感を表す審問官から目を逸らして、私は陛下をまっすぐに見た。


 陛下にとっては、結果の決まった退屈な見世物を変えてやろうではないか。


「私は、リリアーヌ・デュボアではありません」


 すぐ隣の席で母が息を飲む音が聞こえた。

 ああ、やっと言えた。


 裁判会場は喧騒に包まれた。


「静粛に! みなさん、静かに。被告人の讒言に騙されてはいけません。くだらない言葉ですよ。彼女がリリアーヌなのは皆が知るところですから!」


 審問官は私をにらみつけながら、バンバンと机をたたいた。


「では、そなたは誰だというのだ。名を名乗れ」


 壇上から陛下の声が響いて、観客のざわめきが消えた。


 さぁ。私には名前はない。私はだれなのかしら。

 首をかしげて、両親の方を見た。

 いぶかし気な父と、真っ青な顔をした母。

 私は母に向って問いかけた。


「私は誰なのでしょう? リリアーヌのために生み出された魔力人形?」


 そして、陛下に向ってカーテシーを披露して、完璧なリリアーヌの微笑みを作った。


「私には名前はありません。名前も付けられず、戸籍にも載せられていないのですから。ただ、魔力人形として生きてきましたので」


「いやー!!」


 静まり返った会場に、母の悲鳴が響いた。


「あなたがリリアーヌの体に入り込んでいたのね! 移植した魔力核から、リリアーヌの心を乗っ取ったのね! 返してちょうだい! その体はリリアーヌのものよ!」


 私の方に来ようとする母を父が止めた。


「何を言っているんだ? リリアーヌが乗っ取られた?」


「そうよ。魔力核には魂が宿ると言われているの。移植したあれの魔力核が、リリアーヌの魂を追い出して、成り代わったのよ! あれを追い出して、リリアーヌを呼び戻さないと!」


「そんなバカなこと……。本当にリリアーヌじゃないというのか? じゃあ、リリアーヌはどこに行ったというのだ?」


 妻の言うことが理解できず、額を押さえながら呆然とつぶやいた父の質問に、私は答えた。


「分からないわ。手術が終わって目が覚めた時には、もういなかったもの。お父様とお母様は、お姉様がどこに行ったか知らないかしら?」


 首をかしげて答えた私を、父は見つめ返した。


「はっ! ははははは! なんですか、この茶番劇は!」


 審問官が笑い声をあげた。

 私達の会話を、犯罪をごまかすための茶番だととらえたようだ。


「芝居はやめましょうよ。魔力核の移植手術をしたら、魔力核の人格がのり移ったとでもいうんですか? そんな馬鹿なことがあるわけがないでしょう。下手な言い訳で時間をつぶすなど、見苦しいですよ」


 審問官の言葉に、静まり返っていた観客たちも続けてヤジを飛ばした。


「そうだ! 妹を殺しておいて、自分が妹だとでも言い逃れるのか!」


「なんて、ひどい! それでも聖女なの?」


 暴言が飛び交い、会場はまた騒然とした。


「静粛に! とにかく魔力核を移植したことは認めるのですね!」


 審問官は、観客を味方につけて大声で質問した。


 その質問は、簡単だからすぐに答えられる。


 答えはもちろん


「いいえ」


 だ。


「なっ! いまさら言い逃れはできないと言ったでしょう。証人も連れて来ているのですよ。さあ、入りなさい!」


 大騒ぎの場に、衛兵に連れられてきたのは、黒髪に赤い目の魔法医だった。


 ああ、彼も捕まってしまったのね。


 ロープで両手を縛られているのにも関わらず、美貌の魔法医は、不敵な薄ら笑いを浮かべていた。


「魔法医ゼオン! あなたはリリアーヌに依頼されて、その妹の魔力核の移植手術を行った。相違ないですか?」


 審問官はその質問の後、一枚の紙を取り出してゼオンに向けた。


「守秘契約は陛下によって無効化されました。嘘偽りない真実を述べなさい。あなたは魔力核の移植手術を行いましたか?」


 ゼオンは相変わらず不敵な笑みを浮かべながら、私に向かって手を挙げた。


「ああ、妹ちゃん。しばらくぶりだね。なんか、痩せてない? ちゃんと食事をとってる?」


「きさま! 質問に答えなさい!」


「ああ、ごめん、ごめん。えっと、なんだっけ。ああ、魔力核の移植手術ね。答えはノーだよ。そんな難しい手術が俺にできるわけないでしょ。そんなの伝説の魔法医でも無理なんじゃない? 俺はしがない美容整形医だよ」


 軽口をたたいたゼオンにざわめきが広がった。


「なんだと! どういうことだ。ごまかしても無駄だぞ!」


 アルフ様がオディットを引き連れて王族席から降りて来た。


「証拠はここにある。執事の日記には、魔力核の移植手術をしたと書いてある!」


「そんなの知らないよ。ただの美容整形医の俺に、そんな難しい手術ができるわけないじゃない。俺にできるのは、しわをなくしたり、鼻を高くしたり、後は、せいぜい、やけどの跡をなくすぐらいかな」


 ゼオンの言葉に、母が小さく悲鳴を上げた。


「なんだと? どういうことだ。じゃあ、リリアーヌは妹を殺していないのか。では、なぜ病が治った。妹はどこにいる」


 アルフ様がゼオンに掴みかかった。


「妹ちゃんはそこにいるじゃないか」


 会場中の視線が、ゼオンから私に移った。


「手術してくれって頼まれたけど、リリアーヌ嬢の完璧な美貌は、どこも手術の必要がなかったから。そのかわりに、妹ちゃんのやけどの痕だけはきれいに治したよ。ほら、完璧にきれいになってるでしょう? 美容整形の分野では、俺は天才だからね」


 父と母の顔が驚愕に歪んだ。


 そう、私は目覚めてすぐ、自分の銀色に光る紫の瞳を見て、その周りのやけどの跡がひきつれて痛まないことに気が付いた。そして、包帯が解けた時、やけどの跡がきれいになくなっていたことに涙した。


「リリアーヌは、じゃあ、本物のリリアーヌはどこに行ったのだ?!」


 父の叫び声に、母は蒼白な顔になった。


「どこって、薬で眠ってるだけの、頭から布をかぶっていた状態のリリアーヌ嬢に自分たちが何をしたのか覚えてないの?」


「ひいっ」と母の喉から悲鳴が響いた。


「術後に、包帯を巻いた妹ちゃんだけを侯爵が連れだして、布をかけただけのリリアーヌ嬢を確認もせずに、杖を向けて炎で焼き殺したのは、侯爵夫人だったよね」


「あ、ああ、いやーっ!!」


 泣き落ちる母と表情をなくして立ちすくむ父に向けて、ゼオンは続けた。


「自分の娘を焼き殺したんだよ。こわくて俺はすぐに逃げたんだけど。で、俺はなんで今、捕まってるのかな? ああ、もしかして妹ちゃんの方の手術もしてないってことがばれちゃった? だってさ、やけどの跡を消そうと思ったけど、支給された虹色の聖水をかけたら、それだけで全部きれいになったんだもんなぁ。俺の出番はなかったよ。ただ、手術した感じを出すために包帯をぐるぐる巻いただけだけど、それで報酬をもらったのがまずかった?」


 会場中が騒然となって、裁判はそこで終わった。

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