3 魔力核
かっこいい王子様が私の作った聖水で命を救われたって! 私の作った聖水を美しいって褒めてくれた。生まれて初めて、私を認めてくれた素敵な王子様。
ああ!
頭の中がキラキラした王子様の笑顔でいっぱいになった。
あの笑顔が私に向けられたものだったらいいのに。
お姉様だけ、ずるい。
お姉様だけが、あんな素敵な王子様とお話できて、そんなの、ずるいよ……。
だって、おかしいよね? 聖水を作ってるのは私だよ。どうしてお姉様の手柄になってるの? 聖水を作るのが聖女の仕事なら、私が聖女ってことなんじゃないの?
そうだよ、お姉様は聖女なんかじゃない。
お姉さまには聖水は作れないもの。
ひどいよ、お姉様。
王子様に嘘をつかないで!
私の作った聖水を取らないで!
ちゃんと、王子様に言ってよ。お姉様じゃなくて、私が聖水を作ってるって。
お姉様が言ってくれないんなら、私が言わなきゃ。
王子様が帰ってしまう前に、はやく言わなきゃ!
急いで走って、迷路の曲がり角で誰かにぶつかった。
「きゃあ!」
すぐに立ち上がって相手を見たら、うちの使用人じゃなかった。見たことのない女の子だ。ピンク色の変わった髪の色をしてる。
「もうっ、走ったらあぶないでしょ。あなた、ここの使用人なの?」
ピンクの髪の女の子は、キイキイした声で私を詰った。
知らない人とは喋っちゃいけない。いつも言い聞かされている言葉を守って、私はただ、うつむいて首をふった。
「ねえ、この迷路から出たいんだけど。王子様と神殿長様とはぐれてしまったの。早く行かないと叱られるわ」
王子様? もしかして、あの素敵な王子様と一緒に来たお客様なの?
お客様に見られたことがバレたらまた叱られる。逃げなきゃ。
「ちょっと、どこに行くのよ! 私、さっきからずっとここから出られないのよ。出口に連れていきなさいよ。あなた使用人でしょ。私は聖女になるんだから」
聖女? それなら。
「私は、使用人じゃない。私も聖女」
「はぁ? 何言ってんのよ。いいから早く、案内しなさいよ。人のこと平民だと思ってバカにしてるの? 私はここの家の後見をもらって聖女になって、神殿に行くんだから」
「私は、ここの娘。聖水を作ってる」
一生懸命説明したのに、女の子はバカにするように鼻を鳴らした。
「ああ、はいはい。もう作り話はいいから、さっさと案内してよ。そんなくだらないこと言ってると、本物のお嬢様のリリアーヌ様に叱られるわよ」
「私はリリアーヌの妹。お姉様に魔力をあげたり、聖水を作ってる」
「もう、いい加減にしてよね。……あら、あなた、その顔はどうしたの?」
「!」
女の子は私の前髪で隠した顔をのぞきこんだ。
「いや! 気持ち悪い!」
私の顔を見た瞬間に、女の子は叫び声をあげた。
「なによ、あんた。うわぁ、気持ち悪い顔! それで聖女になるつもり? 頭おかしいんじゃない」
私の左半分には小さい時に負ったやけどの跡がある。顔から腕、足まで続く焼けただれた跡をみんなが気持ち悪がって、私から目をそらす。だからいつも髪の毛で隠していたのに。
「嘘じゃない! 本当に聖水を作ってるんだから! 私は聖女で、王子様と結婚するの! 王子様が褒めてくれた聖水は、お姉様が作ってるんじゃない! 私が作ってるの!」
絶対に、言わなきゃいけない。だから、力いっぱいそう言ったのに。女の子は汚いものを見たような目をして、私から離れて行った。
「顔だけじゃなくて、頭もおかしいのね。変な言いがかりでリリアーヌ様を貶めるのはやめてよね。これから私の後見人になってもらうんだから」
「ちがうっ! 嘘じゃない。本当のこと!」
一生懸命に説明したけど、ぜんぜん分かってもらえない。それどころか、執事のセオドアに見つかってしまった。
「オディット様、ここにいたのですか?」
「あっ、すみません。きれいなお庭を見てたら、迷子になってしまったんですぅ」
女の子は執事の方を向いて可愛らしい声を出した。さっきまでとは違って、かわい子ぶって謝っている。執事は女の子の後ろに隠れていた私に気が付き、眉をしかめた。
「おまえはここで何をしている」
「ああ、この使用人が仕事をサボって嘘ばっかりついてますよ。ちゃんと躾けたほうがいいですよ」
あれだけ訴えたのに、女の子は私のことを信じてくれずに、執事に告げ口した。
「失礼しました。この子は醜い火傷の跡があるために孤児院に捨てられていたところ、お優しいリリアーヌ様が使用人として雇ってあげたのです。とんだお目汚しを」
「ふーん、そうなんだ。あ、殿下のところに早く行かなきゃ。案内してくださーい」
「こちらです。皆様、応接室でお待ちです」
女の子はこっちを振り返りもせずに、ピンク色の髪を揺らしながら去っていった。残った私には、信じてもらえなかった悔しさと、両親のお仕置きがあるだけだった。
それからの私は、用心深くなった。もう、誰も信じられない。地下室でひたすら本を読み、使用人の言動に気を配るようになった。なぜ、自分がこんな目に合うのか。これからどうなるのか知りたかった。私が閉じ込められてる地下室は元々は書庫だったため、本だけはたくさんあったから、運動の時間以外はずっと本を読んでいた。そして、毎晩、あの太陽のような王子様のことを想いながら眠りについた。ここから逃げ出して、王子様にもう一度会いたい。あの方と話がしてみたい。あの方の聖女になりたい。
そんな日々が続いた後、いつもと違う日が来た。
その日の昼食は、調味料を使わない健康的な料理ではなく、味の濃い肉やスープ、柔らかいパンに甘いデザートまであった。
今日は何かのお祝いなの? 今まで誕生日さえ祝ってもらえてなかったのに……。味のある食べ物は、いい魔力が育たないからと禁止されてたのに……。訝しく思いながらも、初めての味を楽しんだ。
食事は美味しかったけれど、残念なことにあまり食べられなかった。
食べている途中で、頭がくらくらして、眠くて眠くて仕方なくなったから。
そして、目が覚めたら、硬い板の上に乗っていた。目は開くけれど、他はどこも、指先さえも動かせない。口も開けないし、声も出せない。目玉だけを動かして、まわりの様子をうかがった。まぶしいライトの先には、台の上に横たわるお姉様がいた。それから、お姉様の横に立つお父様とお母様。
初めて見る若い黒髪の男の人もいる。手にはピカピカのナイフを持っていた。
「では、始めるとしましょう。魔力核を抜き取ると、妹様の方は確実に死にますが、それで本当に良いのですか」
「むしろさっさと片付けたくてね。でも、本当にリリアーヌは大丈夫だろうか。これで、魔力が増えるとは言っても、命に危険があるのでは?」
「そうよ、リリアーヌ、今からでもやめたほうがいいわ。聖女にならなくても、あなたは私たちの大切な娘なのよ」
お父様とお母様が、一生懸命にお姉様に話しかけている。
何をするの? 私はこれからどうなるの?
「お母様、私は殿下のために聖女になりたいの。今の魔力核では聖水が作れないでしょう? それではダメなの。殿下の側にいたいの」
「でも、リリアーヌ」
「ああ、そんな危険なことをしなくても」
心配そうな両親の声に、若い男性の声が続いた。
「どうしますか、やめてもかまいませんよ。ご両親の同意がなくては、違法な手術などやりたくはないですから」
これから、何が始まるの? いやだ。こわい。お父様、お母様。私のことも見て。私もあなた達の子供でしょ!
「ゼオン様、お願いします。私にそれの魔力核を移植してください」
お姉様の静かで冷たい声が響いた。
魔力核の移植? なんの話? そのナイフで私に何をするの? やめて! そんなことしないで!
お姉様が薬で眠り、両親が心配そうに部屋から出ていくまで、私は心の中でずっと泣き叫んでいた。
いやだ! 私を、殺さないで! こっちを見て、お父様!
お母様! 助けて!
黒髪の死神は動けない私に近づいてきて、赤い瞳でじっと私の目を見つめた。
私は、願いを込めて見つめ返した。
助けて! いやだ! 死にたくない!
死神のきれいな顔が、少し笑ったように見えた。
私の願いは叶えられず、死神は私の腕に針を突き刺した。薬がゆっくりと体をめぐり、私は目を閉じ、意識を手放した。
そして、私、ジュエと呼ばれた魔力人形は死んだ。
姉に魔力を与えるためだけに生み出され、最後は魔力核を奪われる人生の幕がおりた。