24 魔物
今日もいつものように聖水を作る。聖なる泉の水の入ったガラス瓶を片手で持って魔力を込めると、虹色に輝く聖水に変わる。
最近、慣れて来たのか一瞬で聖水を作ることができるようになった。神殿に提出する分は10個と決まっているのだけれど、その何倍も作れそうだ。でも、どんなに作っても、その収益は全て神殿のものになるから、わざわざ教える必要は感じなかった。
私の仕事は、この10本の聖水と、アルフ様へ献上する1本の聖水を作ることだけ。治癒魔法は全く使えないから、他にはすることがない。貴族の聖女とお茶をしたり、毎日のように会いに来てくれるアルフ様と二人で話をしたり、楽しく過ごす日常。
たまに、
「私たちは、毎日忙しく治療院に通っているんですよ!」
と、オディットがお茶会に乗り込んで文句を言ってくる。
「魔法が全く使えないリリアーヌ様はともかく、他の聖女は切り傷ぐらいは治せるんだから、治療院に来てくださいよ!」
聖女の制服を血で汚したオディットが、お茶とお菓子の並ぶテーブルをにらみながら言った。
私は他の聖女たちと顔を見合わせた。
明らかな、私に対する侮辱だ。
「貴族の聖女は平民の治療院には行かなくても許されるのよ。今更そんなことを言われても困るわ」
「そうよ。そういうのは神殿長のお気に入りの平民のあなたの仕事でしょ」
「わたくしは、半年後には伯爵家に嫁ぐことが決まっているのですもの。平民から病をもらうと支度がおくれてしまうじゃない」
必死な形相で怒鳴るオディットに対して、貴族の聖女はのんびりとお茶を飲みながら返した。
平民の治療は主に平民聖女がすること。これは、ここでは常識だ。もしも、平民のせいで、貴重な聖属性の貴族の聖女が危険にさらされたら、神殿はこの国では大きな批判の対象になるだろう。
「あなたたちは、それで恥ずかしくないんですか? 病人に貴族も平民もないんですよ!」
束ねたピンク色の髪を振り乱して力説するオディットを、年配の聖女がたしなめながら退出させるのがいつものことだった。
これだけ無礼なふるまいをしてもオディットがとがめられないのは、彼女の実力と、神殿長の擁護のせいでもある。
聖水では私には及ばないものの、治癒魔法はかつてないほどの力を持つからだ。大聖女になるのはオディットに違いないと信じる者も多くいる。何より、平民には圧倒的に人気があるのだ。だから、私達は内心この無礼な聖女に不満を抱きつつも、直接対立するのは避けていた。
その日も、私達は午前中に聖水作りを終え、庭でのんびりとお茶会を開いていた。私に会いに来たアルフ様も招待して、一緒に和やかにお菓子をつまんでいた。
「リリアーヌ様は本当にお優しくて美しくて、次の大聖女にふさわしいですわ」
「私達もリリアーヌ様を応援していますわ」
隣り合って座った私とアルフ様を、お茶会に招いた貴族の聖女たちはほめそやしてくれる。
「本当にお二人はお似合いですわ」
「このお二人にお仕えできるのは、聖女として誉れです。わたくしが嫁いで神殿を出た後も、仲良くしてくださいね」
私が褒められるのを、アルフ様は優しく微笑んで聞いている。テーブルの上で私の手にアルフ様の手が重なった。
「リリーは聖女たちに好かれているのだね。人に尊敬されることも上に立つ者として大切なことだ。さすが僕の選んだリリーだ」
「全てアルフ様のおかげですわ。アルフ様がいつも会いに来てくださるから、私は幸せでいられるんです。その幸せな気持ちを皆様におすそ分けしているだけですわ」
「うれしいことを言ってくれるね。皆にも言っておこう。陛下の許しを得たので、私達は婚約することになった。婚約披露パーティを開くので、ぜひ参加してくれ」
アルフ様の言葉に、テーブルに着いている聖女たちから歓声が上がった。
「まあ、素晴らしいです!」
「おめでとうございます!」
「ぜひ、パーティでお祝いさせてください」
口々に祝いの言葉を告げられて、私はアルフ様と顔を見合わせて微笑み合った。この美しい太陽のような方の婚約者になれた! 私は幸せだわ!
「殿下! 大変です。街に魔物の群れが現れました!」
和やかなお茶会が破られたのは、騎士が庭に駆け込んできたからだった。
「街に魔物が? どういうことだ?」
アルフ様は微笑みを消し去り、厳しい顔をしてその伝令の騎士に対峙した。
「鳥型の魔物のようです。現在、下町の方で市場が襲われています。騎士団はすでに向かいました。殿下にも協力してほしいと仰せです」
「そうか、私の光魔法なら鳥型の魔物にも有効だな。すぐに行こう」
「それから、神殿にも協力要請が出ています。治療院で聖女オディット殿が治療にあたっていますが、怪我人が多いので、できれば他の聖女様にも来てほしいと」
「オディット殿がいるのか。それなら、十分ではないか?」
オディットが活躍したら彼女の評判がまた上がってしまう!
私はアルフ様の腕につかまって立ち上がった。
「私も行きます」
アルフ様は戸惑うような視線を私に向けた。
「危険だからリリーはここにいた方がいい。それに……」
治癒魔法が使えないから。そう続けたかったのが分かってしまった。いやだ。負けたくない。オディットには負けない。
「大丈夫です。私も聖女ですから。必ずアルフ様のお力になって見せます」
「私も行きます」
「わたくしも!」
私に続いて、貴族の聖女たちも手を挙げた。
オディットの活躍で、肩身の狭い思いをしているのだ。ここで何もせずに、神殿で隠れているわけにはいかない。
「分かった。ただし、危険な場所には行かないでくれ。君が安全でないと、僕は戦えないから」
「アルフ様もお気をつけて」
じっとアルフ様の青い瞳を見つめると、アルフ様は私の額に口づけを落として、ぎゅっと抱きしめてくれた。
「リリー、愛してる。戻って来たら、婚約の手続きをしよう」
「私もお慕いしております」
温かいアルフ様の腕の中に、ずっと包まれていたかったけれど、今は一刻を争う時、私は急いで自室に着替えに行った。用意するものがたくさんある。




