20 王宮
アルフ様に連れられて、王妃のお茶会に私とオディットが参加した。広い王宮の建物の一室にある王妃の私室は落ち着いた色合いの家具で統一されていた。神殿長の、金の装飾であふれる部屋とは大違いだ。
「そなたの魔力はどれぐらいあるのです?」
緊張しながらカーテシーをした私達に、いきなり王妃は聞いてきた。
「恐れながら、今の大聖女様に劣ることはないと神殿長様に言っていただけてます」
「そう、マデリーンぐらいなのね」
今の大聖女マデリーン様は陛下の弟、大公殿下と結婚されている。元は男爵家の出身で大聖女になれたからこその身分違いの縁談だった。そのために、王妃に頭が上がらず、何度も第一王子の治療に呼び出されているとか。
「あのっ、リリアーヌ様はすばらしい聖水を作ります。でも、私はリリアーヌ様と違って、聖水だけでなく治癒魔法も得意です!」
隣でオディットがまた私を貶めようとした。暗に私は魔法を使えないと言っているのだ。王妃もそれに気がついたようで確認してきた。
「リリアーヌ嬢は治療魔法を使わないのですか?」
「母上、リリーは幼い時の病が原因で魔力操作がうまくできないようです。ですが、前にも言ったように彼女の作る聖水は奇跡です。次の大聖女にふさわしいのは彼女のように美しい聖水を作る清らかな聖女です」
アルフ様。私をかばってくださってる。勇気づけるように私を振り返って微笑んでくれるアルフ様に、頬が赤く染まるのを感じた。
「そう、そうなのね。……私もリリアーヌさんとゆっくりお話しをしたいわ」
「ありがとうございます」
ああ、王妃様に気に入ってもらえた?
「私、今日は第一王子様に治癒魔法をかけさせてもらいにきました!」
また、横からオディットが口を挟んだ。神殿では、オディットに甘い神殿長に咎められないからといって、王宮でまでこんな無作法な行為は許されない。王妃は不快気に眉を寄せた。
「母上、オディットは素晴らしい治癒魔法の持ち主です」
優しいアルフ様にかばわれて、オディットはその場の空気にも気が付かずに一人で口を開き続けた。
「はい! 私の治癒魔法は神殿長から初代大聖女のようだって言われてます。ぜひ私に治療させてください」
「……わかりました。ついてきなさい」
王妃は不愉快そうな表情を保ちながらも、私達を第一王子の部屋まで案内した。
第一王子ヴィルフレムは優秀な王太子として国民から期待されていた。3年前に魔物討伐で胸を負傷するまで、誰もが次の国王はヴィルフレム様だと思っていた。でも、怪我以降、起き上がることもできずに部屋にこもっているという。
王妃とともに部屋に入った私とオディットの挨拶を受けて、王子は右手と右足に包帯を巻いた姿で、ベッドの上から挨拶を返した。
「こんな姿で悪いね」
アルフ様とそっくり同じ色合いの髪と目の美しい王子は、やせて顔色が悪かった。
「私に治療させてください!」
素早く、オディットは王子の側でひざまずいて、包帯の巻かれた右手を取った。包帯の隙間からは紫色の肌が見えた。
これは、もしかして……。
「第一王子様はどこを怪我されたのですか?」
そっと隣にいるアルフ様に聞いた。
「兄上は魔力核を損傷している。毎週伯母上が治療に来るが完治は難しいそうだ」
「魔力核……。王家の魔力は光属性ですわね」
「ああ、ケガの前までは光魔法の使い手として魔物を討伐されていたのに。私が兄上の分まで努力するしかない」
「そうですか」
アルフ様と二人で話している間に、オディットは何度も杖を光らせて第一王子に治癒魔法をかけていた。
「もういいよ。だめなんだろう」
第一王子が静かにそう告げた。
「もう一度、もう一度だけやらせてください。……どうして? どうして治らないの? だって、私の治癒魔法は初代大聖女と同じくらいって言われてるのに……」
必死になって何度も魔法をかけるオディットの肩に手を置き、第一王子は慰めるように声をかけた。
「君の力不足ではないよ。大聖女でも無理だったのだから。気にすることはない」
「でも!」
第一王子の唇は青紫色をしていた。
ああ、魔力核がかなり損傷しているんだ。今は右の手足が紫に変色しているだけだけど、そのうちに、全身の魔力が不足して、そして、この方は死ぬんだ。
「……あきらめないわ」
じっと、二人の様子を見ていた王妃が小さな声でつぶやいた。
結局その日は、第一王子が気を失うように眠ってしまったので、その場で解散になった。
帰り際に、召使いが王妃からの伝言を持ってきた。
今度一人で会いに来るようにと。




