19 王子
「この前はありがとう。リリアーヌ嬢が毎日届けてくれる聖水のおかげで、怪我を気にせずに魔物の討伐ができたよ」
アルフレッド王子が私に会いに神殿へやってきた。
なぜか呼ばれてもないのにオディットもついてきている。
「私の方こそ、アルフレッド殿下にかばっていただいてありがとうございました。殿下がいらっしゃらなかったら、私は今生きてはいませんもの」
あの日、神殿に戻ってすぐに、王子に礼状を書き、新しい聖水も届けた。私が作っているとはいえ、聖水は神殿に高額を払って買うしかない。父からもらった多額の金貨のほとんどを使って、毎日アルフレッド殿下に聖水を貢いでいたかいがあったものだ。
「いや、あんなに素晴らしい聖水が作れる聖女を守るのは王子として当然のこと。しかも、リリアーヌ嬢は由緒正しい侯爵家の令嬢だ。本当に守れてよかった」
「まあ、殿下。ありがとうございます」
「アルフと呼んでくれないか。私もリリーと呼んでもいいか」
「もちろんですわ。アルフ様」
「ありがとう。リリー」
リリアーヌを縮めただけの愛称だけれど、私のために考えてくれた呼び方がうれしくてたまらない。この美しい王子様が私を呼ぶ甘い響きに夢見心地の気分になった。
隣で悔しそうな顔を隠しもしないオディットに優越感を感じた。
「今度、王宮で母にあって欲しい。騎士団で活躍したリリーにぜひ会いたいと言っていた」
「まあ、王妃様にお会いできるなんて光栄ですわ」
応接室の窓から入る眩しい光がアルフ様の金色の髪をより一層輝かせる。澄み渡った青空のような瞳は私にだけ向けられていた。私の心からの笑顔をアルフ様も眩しそうに見つめていた。言葉に出さなくても分かる。恋愛小説のように私達はきっと惹かれ合っている。見つめるだけで思いが確かめられるって、こういうことなんだわ。
「私も王宮に行きたいです!」
無粋な声が響いた。私達二人だけの世界が破られた。
「私の治癒魔法なら、第一王子様もきっと良くなると思うんです!」
オディットがとても無礼なことをアルフ様に訴えた。
アルフ様は困ったように肩をすくめ、彼女に顔を向けた。
「兄上の治療には、大聖女に来てもらっている」
「でも、私の治癒魔法は初代大聖女様の再来って言われてるんです! 一度だけ試しに治療させてください」
王族の治療を試しにだなんて。不敬だわ。
「いや、無駄だ。リリーの虹色の聖水でも症状を押さえることしかできなかった。オディット殿にも無理だろう」
「でも! やってみなきゃ分からないじゃないですか!」
粘るオディットのせいで、王宮には私とともにこの図々しい平民聖女まで招待されてしまった。
希望が通って嬉しそうにしているオディットを見ないようにしていたら、アルフ様が聞いてきたのは平民の騎士のことだった。
「リリーの聖水で回復した平民騎士の借金を肩代わりしたのか?」
「はい。私の聖水は神殿のものと判断されましたので、高額な費用が発生してしまって申し訳なくて」
「そうか、蜘蛛の足を切断した剣の腕はなかなかのものだったね。これからが期待できる騎士を助けてくれてありがとう」
「私も助けてもらったんですもの。当然ですわ。殿下に褒められて騎士も喜ぶでしょう」
「ああ、ただ、貴族の騎士にも聖水代が払いきれない者がいてね。侯爵に援助をしてもらえないだろうか。私が代わりに払いたかったのだが、自由にできることが少なくてね」
貴族に使った聖水の代金も私に支払えってこと?
お気の毒な殿下。王家にはあまり金銭的な余裕がないのね。こんな時だけは、私の父が裕福で良かったと思うわ。
「父に頼んでみますわ」
「ああ、助かるよ。リリー」
アルフ様のこの笑顔の為ならなんだってできるわ。それが恋ってものなんでしょう? オディットには絶対できないでしょうね。