16 後始末
建物の外に出ると、神殿騎士が急いで駆け寄ってきた。
「良かった。リリアーヌ様、ご無事で」
「ええ、他の聖女は?」
「向こうの資材置き場の小屋に隠れています。全員無事です。私はリリアーヌ様を迎えに来ました。すみません遅くなって」
「いいえ、いいのよ。でも、殿下がまだ中にいるわ。怪我をされてるの。誰か聖女を呼ばないと」
「私が行くわ!」
聞きなれた声がした。オディットだ。側に3人の平民聖女もいる。
「リリアーヌ様は向こうで隠れていてください。こういう時は私達の出番ですから」
私と違って、オディットは聖女の制服のワンピースにブーツ姿だった。私は魔物のいる治療室に場違いなドレス姿。そして、靴は脱げてしまった。裸足で歩いたため、がれきを踏んで痛むけれど、それよりもこんな格好でいる自分が恥ずかしくなった。
「リリアーヌ様、行きましょう」
神殿騎士に促されて、そのまま小屋へと逃げた。
巨大な魔物は変異種だったそうだ。騎士団長によってあの後すぐに討伐された。
私は小屋に避難してすぐ、駆け付けた多数の神殿騎士とともに神殿へ戻った。帰りの馬車は行きと違って、誰も口を開かず、とても静かだった。
「先日はご苦労だった」
神殿長に呼び出されたのは3日後のことだった。騎士団へ行った貴族の聖女と、後から来たオディットたち平民の聖女が同じテーブルに着いた。
「騎士団から詫び状が届いている。聖女の身に怪我がないか心配をしていた」
私の足は、がれきを踏んで切り傷がいくつもあった。聖水で治す気がせずに、放置してしまって、まだ痛い。
でも、そんなの怪我のうちには入らない。あの時、私がもっとたくさんの聖水を持って行っていれば、死なずに済んだ騎士もいただろう。
「神殿としても抗議しておいた。聖女を危険にさらすなど、とんでもない話だからな」
苦々し気に吐き出した神殿長の言葉を私たちは黙って聞いていた。
でも、ただ一人、その言葉に納得できないと声を上げた。
「でも、魔物を実際に見るのは悪いことじゃありません。だって、知らないと遠征についていけないでしょ。だから、私はいい機会だって思いました」
恐れ知らずのオディットは、平気で神殿長に反対する。
「聖女が無理に遠征に付いて行く必要はないのだよ。治療は聖水を送ればよい」
神殿長がたしなめるにもかまわずに続けた。
「でも、聖水は日持ちしないでしょう? それに、聖水はなくなったらそれで終わりじゃないですか。私だったら何度でも治癒魔法が使えるから、もし、あの時私が騎士団にいたら、死ななくて良かった騎士もいるんですよ! わたし、もう、悔しくって」
善意を装うオディットの発言に込められた棘に、貴族の聖女は顔色を悪くしてうつむいた。そんなこと、みんなが感じてしている。目の前で多くの騎士が死んでいった。私は何もできなかった。
「アルフレッド様も遠征に行かれるんですよ。この前みたいに怪我をされた時に、すぐ近くに治癒魔法の使える聖女がいなかったら大変なことになりますよ」
そう言って、オディットは私の方をちらっと見た。
「殿下はいつも聖水を持ち歩いている。この前も、その聖水で怪我はすぐに治っている」
珍しく、神殿長は私の味方をしてくれた。そう、私は作った聖水を毎日アルフレッド様に贈っているのだ。だから、あの日も、オディットには彼の怪我を治す出番はなかったのだ。
「でも、私はアルフレッド様のお役に立ちたいんです。私は魔物なんか怖くありません。みんなを見捨てて逃げたりしません。こそこそ隠れたりもしません!」
言いすぎだ。アデルとソフィア、そして他の貴族聖女もオディットの発言に気分を悪くしていた。年上の平民の聖女も、貴族聖女へのあからさまな当てこすりの発言に類が及ばないかおびえている。
「オディット殿、口を慎め」
この時ばかりは神殿長が顔をしかめて叱りつけたけれど、オディットは、自分は間違ってないと言い張った。
聖女たちが部屋から出て言った後、話があるからと私だけが残された。
「騎士団に持って行った聖水のことだ」
聖水は神殿で全て管理して、高い金額で販売している。それを5本も無償で使ったのがよくなかったらしい。
「指定数以上の聖水だという点は考慮したが、やはり、神殿で作ったものに関しては、神殿に所有権があると決定した。だから、騎士団から料金を徴収することになった」
聖女の治癒魔法については、年間契約で国から高い予算で申し込まれている。でも、今回の聖水には予算が下りず、騎士たちは自分で購入したことになったらしい。私が作り出したのは、とても高額な聖水だったからだ。
「平民の騎士はその金額が払いきれない場合、借金奴隷として身売りすることになる。それでだな、裕福なデュボア侯爵家でその金銭を援助してやってもらえないだろうか。もちろん、こんな勝手な願いを聞く必要はないのだが、見込みのある若い騎士で、変異蜘蛛の討伐でも活躍した腕前を騎士団長が惜しんでな」
私を助けてくれた茶色の髪の青年騎士のことだ。
ああ、平民に聖水は使うべきではなかったのか。とても払いきれない金額だろう。でも、あの時、聖水を使わなかったら彼は死んでいた。彼に守ってもらえなかったら、私も多分死んでいた。助けてと心の中で叫んだ願いを彼は叶えてくれたのに。
「いくらになりますか?」
教えられた金額は、私の手持ちからすぐに払える額ではなかった。
仕方ない。
私は封も開かずに引き出しにしまった実家からの手紙に思いをはせた。
弟が生まれてから一度も帰っていない侯爵家へ帰るしかない。




