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15 王子と騎士

 迷っている時間はなかった。私は残りの1本の聖水を握りしめて患者に向き合った。

 と、その時、「うわぁー」という悲鳴とともに激しい衝撃が来た。吹き飛ばされた私を、リードが覆いかぶさってかばってくれた。


「聖女様。大丈夫ですか」


 問いにすぐには答えられなかった。なぜなら、さっきまでいた場所の側の壁が崩れ落ち、そこから大きな鎌が見えたからだ。鎌には太い節がついていて、ゆっくりと動いていた。じろりと大きな紅い目が私を見た。


 崩れた壁の向こうから、よじ登ってきたのは巨大な蜘蛛だった。太い足の先には黒光りする鎌のような爪がついている。


「聖女様、こちらへ」


 固まったまま動けなくなった私を、リードが少しでも蜘蛛から離そうと引っ張った。震える足をどうにか動かして蜘蛛から逃げようとしたけれど、その恐ろしい紅い目から目が離せない。


 私は、ここで死ぬの? 

 せっかくリリアーヌとして生き延びたのに、こんなところで死んでしまうの?


「聖女を守れ!」


 怪我を治療された騎士たちが、剣をとって巨大蜘蛛に立ち向かっていった。つい先程、毒から回復したばかりの騎士もいる。皆、逃げもせずに魔物に向かっている。


「聖女様、今のうちに」


 蜘蛛の紅い目が騎士の方を向いた。今のうちに逃げないと。この建物から出て、どこに逃げればいいの? ああ、他の聖女たちは無事なの? 


 土煙で視界が曇る中、騎士に連れられて出口へと走る。すぐ後ろをメアリーが泣きながらついてきている。急がないと、みんな魔物に殺される。


「リリアーヌ嬢!」


 出口でぶつかりそうになったのは、アルフレッド様だった。


「なぜあなたがここに? 怪我はないか?」


 よろけたところを抱きとめられた。こんな時だというのにすぐ近くにあるその美しい顔にみとれてしまう。


「良かった。あなたが無事で」


 優しい言葉に涙が出そうになった。


「早く避難を。殿下は聖女を連れて行ってください」


「いや、騎士団長、私も戦える」


「なんとか屋外に誘い出します」


 騎士団長との会話をアルフレッド様の腕の中で聞いていた。早くここから抜けないと迷惑をかけてしまうのに、震える足は自由に動かない。


「危ない!」


 叫び声と同時にバキバキと大きな音がして、上から木の破片が落ちてきた。とっさにアルフレッド様が私を抱きしめたまま横に転がった。大きな音がして、さっきまで私がいたところに、天井が落ちてきた。あのままそこにいたら私は下敷きになっていたのだ。

 土煙に咳き込んでいると、私の上にいるアルフレッド様のうめき声が響いた。どこか怪我をしたの? あわてて起き上がり、アルフレッド様が押さえる右腕を見た。木の破片が刺さっている。


「アルフレッド様、今、聖水をかけます」


 ずっと手のひらに握りしめたままの小さなガラス瓶の存在を思い出して、蓋を開けようとしたその時、目の前に大きな鎌が迫った。


「!」


 魔物の紅い目が私を見ていた。

 鎌のような爪が私を切り裂こうと迫っていた。


「いや!」


 助けて! 誰か助けて!

 心の中で叫びながら、どうせ助けは来ないのだと、自分を嘲笑っていた。私はどうせここで死ぬのよ。

 しかし、目の前に迫った魔物の足は突然シュッと半分に切られた。


「聖女様は必ず守る!」


 長剣を構えた騎士が私の前にいた。左腕はだらんと垂れ下がっている。その腕は青緑色をしていた。明るい茶色の髪のまだ年若い騎士は、さっき私が見捨てようとした毒にやられた平民の騎士だった。


「来いよ。蜘蛛野郎。最後に、その足を全部切り取ってやる!」


 威勢よく叫んでいるけれど、さっきまで毒に苦しんでいたのに。やせ我慢で最後の力を振り絞っているのだ。

 私は今度は迷うことなく、ビンの蓋を開け、王子の方は見ずにその若い騎士の左腕に聖水をふりかけた。距離があったからほとんどの聖水は床にこぼれてしまったけれど。すぐに効果は現れて、青年は驚いたような声を上げ、剣を両手で持ち直し、迫ってくる蜘蛛の足をもう一本切り落とした。鎌のような爪が床に落ちると同時に、その騎士も崩れ落ちるかのように横たわった。

 激しく動いたので毒が全身に回ったのだ。


「これを飲んで!」


 うめき声をあげる騎士に向かって、聖水を持った手を伸ばした。


「それは」


 躊躇する騎士に向かって蓋をしたビンを転がした。


「いいから早く飲んで。そいつを殺して!」


 青年は手に取ったビンを、困ったような顔で見つめてから、覚悟を決めたように残り僅かな聖水を飲み干した。

 瞬間に、襲い来る蜘蛛の足を、転がって避けながら。


「こっちだ、大蜘蛛め!」


 騎士団長の声がして、蜘蛛の巨大な目が風の刃で二つに切り分けられた。蜘蛛が力を失ったのを確認して、私は隅でうずくまって泣いているメアリーを連れて建物の外へと出た。

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