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14 騎士団

「待て! 何があったのだ」


 神殿騎士が、顔から出血している騎士を押しとどめた。聖女を引っ張って行きそうなほどの勢いで近づいてきたからだ。


「訓練用の魔物が、大量の魔物を生み出して逃げました。討伐にあたっていますが、怪我人が多くて対処しきれません」


「魔物だと! 種類は何だ?」


「西域女王蜘蛛です。オス蜘蛛に擬態し、体内に卵を隠しているのに気が付かずに捕獲してきたようです。急いでください。隊員が毒で今にも死にそうなんです!」


「えっ! クモの魔物!? やだ、こわい」


 話を聞いた聖女たちは、魔物の存在を知って顔色を青くして後ずさった。神殿で囲われるように生活しているのだ。普通のクモにすら怯える。


「魔物がいるような危険な場所に、聖女は連れて行けない。治療室は安全なのか?」


「それは、……分かりません。でも、一刻を争うのです。仲間が死にそうなんです!」


 必死になって聖女を連れて行こうとする騎士に、神殿騎士は気の毒そうに首を振った。


「無理だ。ここにいる聖女は全員貴族出身だ。危険な場所には向かわせられない」


 神殿騎士はそう言って、戻るように御者に指示した。聖女たちもこわばる顔で馬車に乗り込もうとする。


「そんな! 平民の聖女を待っている間に仲間が毒でやられてしまうんですよ。お願いします! 助けてください!」


「無理だ。毒の治療はできない」


 神殿騎士はきっぱりと断った。



 ああ、そうか。怪我と違って、目に見えない毒物の治癒魔法は難易度が高い。ここにいる聖女では治せないのだろう。聖女として何年も修行している平民出身の聖女にしか、高度な治療はできないのだ。


 それでも、きっと、私なら。


「その場所へ案内してください」


 馬車へと誘導する神殿騎士の手を振り切り、血だらけの騎士の方へ向かった。


「リリアーヌ様!」


 驚いた神殿騎士が止めようとしたけれど、私は慈愛に満ちた微笑みで大丈夫ですと返した。


「聖女として、私が必ず治して見せます」


 私ひとりで向かうつもりだったけれど、なぜか他の聖女たちも全員ついてきた。


「毒は無理でも、怪我の治療なら私にもできます」


「私だって、切り傷の治療ならできるから」


「来たばかりのリリアーヌ様を1人にはできませんもの」


 ドレスでは走りにくいだろうに、精いっぱい早歩きで私についてきてくれる。侍女が周りを囲み、神殿騎士が魔物に警戒しながら、治療室へと向かった。


「ここです。みんな! 聖女がいらしてくれたぞ!」


 治療室では、数十人の騎士が横たわっていた。


「聖女様。私は副隊長のリードです。西域女王蜘蛛の毒にやられた者が多く、後は子蜘蛛の牙による裂傷です」


「わかりました。では、毒の有無で患者を分けていただけますか。それから、リード様も腕を噛み切られていますね」


「私のことより、部下をお願いしたい」


「はい。もちろんすべての患者を診ますわ。アデル、彼の傷を見てあげて」


「ええ」


 一緒に来た聖女たちに軽傷の騎士の治療を頼み、私は毒で苦しんでいる騎士の元へ行く。持ってきた聖水をメアリーから受け取って、横になってうめいている騎士の口元へと垂らそうとした。


「私が押さえます」


 私の側に着いた副隊長のリードが暴れる患者を押さえつけて、口を無理やり開かせた。素早くその中へ、ほんの一滴だけ聖水を垂らした。

 恐ろしいほどの効果があった。

 あれほど苦しんでいた騎士は穏やかな顔になった。もともとあった古傷までも治り、失った体力までも取り戻したかのように起き上がった。

 もう大丈夫だ。

 私は、次の患者に取りかかった。次の患者は毒が回って足が壊死しているようだ。医者が足を切り落とそうとしているのを止めて、口の中に、今度は少し多めに聖水を垂らした。それから、青緑色になった足にも聖水を直接ふりかけた。すぐに足の色が正常に戻り、うめき声が治まった。騎士は驚いたように自分の足を見て、それから私の方に顔をむけた。私は、この時とばかりに騎士に微笑みかけた。


「もう大丈夫ですよ。よくがんばりましたね。あなたの足はちゃんと動きますわ」


 完璧なリリアーヌの微笑み。

 騎士は顔を真っ赤にして、涙を浮かべて私の前にひざまずいた。


「ああ、聖女様。ありがとうございます」


 周りの騎士がこっちを見ているのを確信して、私はその騎士の血や汚物で汚れた手を取った。


「騎士様。私は聖女として当然のことをしただけですわ。次の患者の治療があります。手伝っていただけますか?」


 私の聖水で完治した騎士は、感激したように後にしたがって、治療を手伝った。


 間に合わなかった患者もいた。すでに死んでいる騎士を生き返らせることはできない。思ったよりも多くの患者がいたため、聖水が足りるか心配になってきた。毒の症状のない怪我だけの騎士がいる方を見ると、聖女たちの治癒魔法を受けてはいるけれど、やはり重症患者の治療は無理なようだ。できれば、そちらにも聖水を使いたいのだけれど……。


 副隊長は騎士の身分の順に案内してくれる。もうすぐ、貴族出身の騎士の治療は終わる。聖水は後1本しか残っていない。平民の騎士の方が重症が多く、このまま何もせずにいたら全員死んでしまうだろう。平民を助けるか、貴族を助けるか。もしも、本物のリリアーヌなら迷わずに貴族の騎士を助けるだろう。平民を助けたところで、何も得るものがないからだ。でも、毒に苦しむ平民をこのまま見捨てれば、死んでしまうだろう。どうすればいいのだろう。このまま平民だけ見殺しにしてもいいの?

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