1 断罪
「残念だ、リリー。妹を殺した君とは一緒になれない。君は聖女にふさわしくない」
その断罪は婚約披露パーティ直前に、王宮の控室で行われた。
その日、リリアーヌは迎えに来てくれなかった王子に胸騒ぎを感じながら、王家の馬車で王宮に向かった。
リリアーヌが案内された控室に入ると、アルフレッド王子だけでなく、聖女オディットの姿が見えた。二人は膝を寄せるように隣り合って座り、王子の手をオディットが両手で握りしめていた。
アルフレッドはリリアーヌを見ると、苦々しげに顔をしかめた。
「リリー。君が妹を殺して、その魔力を奪った証拠がある。そのような恐ろしい犯罪者と結婚することはできない。ここに、聖女としての資格を剥奪し、婚姻の約束はなかったものとする」
テーブルの上に置いてあった書類の束を、アルフレッドはリリアーヌに向けて放り投げた。リリアーヌは避けることもせずに、それを体で受け止めた。腕に当たってばらばらになって落ちていく紙の束を目で追いながら、リリアーヌは止めていた息を吐いた。
ああ、そうなのね。ついに知られてしまったのね。
体中の力が抜け、リリアーヌはその場に崩れ落ちた。
待ち望んだ婚約発表の日だった。もう少しで王子妃になれるところだったのに……。
なぜ今なの? もう、あのことを知る人は誰もいないのに。
もしかして、オディットが……?
オディットはアルフレッド王子に寄り添うようにすわり、涙のにじんだ桃色の目でリリアーヌを見ていた。
その悲しげな瞳と目があった瞬間に、リリアーヌはこの女の仕業なのだと確信した。オディットの目の中に、隠しきれない愉悦の色を見たからだ。ああ、この女は心の中では私のことを笑っているのね。
「君は妹を虐待し、何年もの間、無理やり魔力を奪って来た。そして最後には殺して、魔力核を奪ったんだ。なんと恐ろしい人だ。私が愛したのは偽りの姿だったんだな。聖女オディットが教えてくれるまで、すっかり騙されていたよ」
アルフレッドはそう言って、オディットの肩を抱き寄せた。
少し前まで、アルフレッドの優しい眼差しはリリアーヌのものだったのに、今はオディットに向けられている。悔しさと悲しさが入り混じって、リリアーヌの目に涙が溢れた。
アルフ様に一目惚れをしたあの日から、彼のためだけにずっと努力してきたのに。なぜ今になって、オディットに奪われないといけないの?!
「これには事情があるのです」
何を言ってもいまさら無駄だろうと思いながらも、リリアーヌはアルフレッドをまっすぐに見つめて、そう言った。
でも、アルフレッドから返された強い拒絶の眼差しに、もうそれ以上言葉を続けることはできなかった。
そうね。言ってもきっと信じてはもらえない。嘘つきだと余計に憎まれるだけよね。
「リリアーヌ様は恐ろしいわ。あの時、そんな恐ろしいことが行われると知っていたら、妹さんを助けてあげられたのに。あの哀れな子は使用人ではなくて、あなたの妹だったのね。私はずっと騙されていたのです。殿下、私、何もできなかった自分が許せないです」
「オディット。君のせいではないよ。そんな恐ろしいことが実際に行われるなんて、誰も想像できないよ」
涙を見せるオディットをアルフレッドは優しく抱き寄せた。
うそつきなオディット。
リリアーヌはアルフレッドの胸にすがりつくオディットをにらみつけた。私からアルフ様と大聖女の地位を奪うために、あなたが証拠を捏造したのでしょう? だって、証拠なんて残っているわけないもの。関わった人間は全て消えた。生きているのは共犯者だけ。家族と魔法医は絶対に秘密を漏らさないわ。
それにね、オディット、あなたも私の中では、共犯者なのよ。
リリアーヌは、どうしてもオディットを糾弾せずにはいられなかった。
「オディットさんはうそつきね。あなたは知っていたじゃない。だって、あなたは助けを求められたでしょう? 姉に魔力を奪われてるって。あなたはそれを止めずに、見殺しにしたくせに、今になって、私を陥れるために都合よく思い出したというの? ふふ、ふふふ」
ああ、なんて滑稽なんだろう。私が聖女にふさわしくないと言うのなら、罪深いオディットもふさわしくないわ。あの時、助けることができたはずなのに。
「う、嘘よ」
オディットの顔には焦りが浮かんでいた。
ああ、やっぱり、覚えているのね。自分がどんなに残酷なことをしたのかを。リリアーヌはもっと言ってやろうとオディットの方に一歩近づいた。
「オディットに近づくな。この悪女め! 認めるのだな。妹の魔力核を移植したことを。聖女になるために妹を殺したことを」
アルフレッドはオディットを守るように立ち上がって、美しい顔をしかめてリリアーヌを罵った。
私に愛をささやいたアルフ様は、もうどこにもいないのね。私が好きになった優しいアルフ様は幻想だったのかしら。
もう、どうだっていい。もう、本当に疲れた。全てが虚しい。もういいわ。生きたいと望んだけれど、こんな結末になるのなら、あの時、目覚めなければ良かった。
こんなことになるんだったら、私が生まれなければよかったのに!
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
デュボア侯爵家は、南部に豊かな領地を持つ裕福な大貴族で、何の問題もない幸せな家だった。王宮で大臣として働く夫フィリップと優しい妻カトリーヌの間に生まれた初めての子供のリリアーヌが高熱を出し、体中が紫色になるまでは。
「魔力欠乏症だと?」
「そんな! どうしてうちの娘が」
魔力は心臓のすぐ横にある魔力核で作られる。その魔力が体を循環し、力をみなぎらせ、健康が保たれる。リリアーヌの魔力核には生まれながらの欠陥があり、生命維持に必要な魔力が不足していたのだ。魔力が不足し、欠乏症になり、肌の色が紫に変わった。
「私の魔力を娘にやってくれ。そうすれば命は助かるのだろう?」
「わたくしの魔力も使ってください。娘の為なら、何でもしますわ」
夫妻は必死になって、魔法医に頼んだ。魔力を他人に譲渡するには酷い苦痛と代償を伴う。娘の為ならそれでもかまわない。だが、医者は難しい顔をした。
「残念ながら、お嬢様の魔力は、侯爵様の風属性でも、侯爵夫人の火属性でもなく、希少な聖属性なのです。属性が同じでなければ、譲渡はできません」
「なんてことだ」
「ああ」
がっくりと侯爵はうなだれ、夫人は嗚咽を漏らした。
「そんな! どうにかして聖の魔力を得られないのか」
その問いには答えられなかった。希少な聖属性の魔力の持ち主は癒しの力を持つため、聖女として神殿に管理されている。魔力譲渡など、危険で苦痛を伴う行為を神殿が認めるわけがないのだ。
「残念ですが、」
「いやぁー!」
打つ手はない、そう続けようとした魔法医に夫人は悲鳴をあげて取りすがった。
「お願い、何でもするわ。この子を助けて、この子を助けてください」
夫人の必死の叫びに、夫も魔法医に詰め寄った。
「何か方法はないのか。大切の娘なんだ。まだ赤子だ。こんなに小さいのに助からないなどと、ありえないだろう。どんな方法でもいい。金はいくらでも出す。頼む」
目の前に大量の金貨を積まれて、魔法医は少し考えてから、ある方法を伝えた。
それは、法律で禁止された、とても恐ろしく、おぞましい方法だった。それを聞いて夫妻は青ざめて互いの手を握りあった。そんな恐ろしいことが自分たちにできるのか。あまりにも酷い方法に、一度は断り、運命を受け入れようと思った。
しかし、その時、赤子のリリアーヌが目を開けた。そして、か細い声で泣いた。高熱が続き、意識を失っていたのに、両親が別れを受け入れようとしたその瞬間に、目を開けて最後の力を振り絞って、かすれた声で泣いたのだ。助けを求めるように。自分をあきらめないでと訴えるように。
妻のすがるような目に夫は決心した。
「分かった。やろう。この子の為なら、私は非道になることも厭わない」
覚悟を決めた夫妻に魔法医は告げた。
「では、一つだけアドバイスを。決して、何があっても愛情を持ってはなりません。これは娘さんを助けるために作る人形だと思うのです。もしも、自分の子供だと思えば魔力譲渡させるのをためらうでしょう。良いですか、人間だとは思わず、ただの魔力のための人形だと思うのです」
そうして、魔法医の指示の下、夫人は一年後、秘密裏に一人の娘を産んだ。長女と全く同じ姿の聖の魔力を持つ健康な娘を。生まれたときから、魔力を譲渡する魔力人形としての娘を。