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最終部 それから

 「焼けーっ! 焼き尽くせーっ!」

 「いやーっ……」

 海からやってきたその男たちは、道真の痕跡を全て焼き回った。

 「たたりじゃ、たたりが起こるぞ!」

 「たかが虫けら一匹のたたりなど、何の恐れがあるか。」

 「何を言うか、ここはあの道真公……」

 最後まで抵抗を続けた老人も串刺しにされた。

 「道真のたたりだから焼いているのだ。」

 男は労働力となり、女は性欲処理対象となり、老人と子供、そして抵抗した者は死体となった。

 道真が都市を築いた讃岐国衙も、道真が最期を過ごした大宰府も、藤原純友すみともの手によって灰となり、今は遺跡としかなっていない。


 時平の死後三〇年、関東では平将門が、瀬戸内では藤原純友すみともが反乱を起こした。

 時平が認めた勢力、武士。

 単に武力を持った勢力としか認識されていなかった彼らは、中央での躍進を諦め地方へと流れてきた下流貴族と手を結ぶことで、勢力を拡大した。

 それは、国を守る武力の枠を越え、讃岐国司時代の道真が危惧していたことが現実のものとなった事を意味していた。彼らが守るもの、それは、この国ではなく、彼らの支配下にある人たちだからである。その障害になるものは何であれ、武力で排除した。

 力のある者が勢力を伸ばし、そうでない者は組み込まれるか滅ぼされる。

 この弱肉強食が都から離れた地方では日常の光景になった。

 そして、目に見えて判断できる治安の悪化と安全保障の低下。国外からの侵略に対する不安はいつの間にか消えていたが、国内の武装勢力による恐怖が民衆の心を支配するようになった。

 時代の変化が起きていること、それも良くない方向への変化が起きていると誰もが感じるようになったが、この時代の人は、社会の衰退を目の当たりにはしたが、現実に立ち向かおうとはしなかった。その代わりに選んだ行動、それが現実逃避である。

 その時代の要請に応える形で宗教が、特に仏教が能力を発揮するようになる。彼らは、今の社会の混迷が道真の怨霊であることをあらゆる方法を使って宣伝した。自分たちに弾圧を加えた時平の死は道真の怨霊が原因であり、その他の良くないことも道真の怨霊のせいにした。

 救いを求めながら寺院に足を運んだ人に対しても、それが叶ったら我らが宗教の力によるものであるとし、叶わなかったら道真の怨霊のせいにした。

 そして、民衆はそれを信じた。

 この民衆の思いを武士は利用した。

 平将門は『右大臣正二位菅原朝臣霊魂』を旗印にして自分には道真の怨霊が取り憑いていると宣言し、藤原純友すみともはわざと道真の痕跡を荒らし回って道真は成仏できずに暴れ回る霊と化したと言い広めた。

 それがさらに道真信仰を強いものとする。


 一度生まれた道真信仰は内乱終息後も生き残った。

 不作や雷雨、時には高齢者の老衰死ですら道真の祟りとなった。

 とにかく、良くないことは全て道真の怨霊のせいにされたのである。

 道真信仰がピークに達するのは実に死後九〇年。正暦四(九九三)年五月二〇日に道真に正一位左大臣の位が与えられ、同年一〇月二〇日には太政大臣の位が与えられる。

 もっとも、これは当時権勢をふるうようになった藤原道長みちながを牽制するための一条天皇の策略であった可能性もある。

 時代は、外国との折衝を失って国際的に孤立しながら、独自の国風文化を花咲かせる源氏物語の時代になっていた。



左大臣時平   了   


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