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プロローグ




魔王と呼ばれる存在がいた。


人にあらざる力を持ち、ただ道楽のように人間の命を弄んでいた存在。

人の手が届くことのない、人知を超えた存在。

ただ怯えひれ伏すだけしか選択肢を与えてくれない悪魔。


その魔王を中心とした魔族たちが世界を支配していた暗黒の時代。

生物の頂点に人種族がいなかった時代。

今からおよそ千年も昔の時代。


そんな時代の人種族を救った、神の使徒と伝えられる存在がいた。


『勇者』


魔王を超える、あらゆる生命の頂点に立つ者。

生まれ持った魔力が常人とは比べものにならないほど膨大で、その質も総じて高く、戦闘に最も適しているとされている人間のことだ。

それはこの世界においては貴族と平民の関係よりも絶対であり、そしてその意味は重い。


突如とした現れた勇者は、人類史の歴史を変えたとされている。

多くの歴史家たちが研究を続けているが、未だに想像の枠を出ていない。


勇者と呼ばれる者は前触れもなく魔王に対し剣を振るい、その存在を大陸から抹消させた。

だが、その後を追うように勇者の存在もまた、この世界から消滅した。


魔王と勇者。

生命として人間を超越した二つの存在は、相打ちになったかのようにいなくなり、人種族は次々と魔族の管理下から独立し、独自の発展を遂げていったとされる。


「――だが、証人は一人も生きていない。ただ、千年にもわたる伝言ゲームが、悠久の時を繋ぐのみ」


立ち止まり見上げた夜空。

落日の余光が消え去り、甘美な夜の涼気が地上を覆い、絢爛たる星の群が蒼銀の光を降り注ぎはじめる。

この季節、螺旋状の絹帯に例えられる星座の輝きが一際鮮烈だ。

そして真円とまではいかないが、それに近い月もまた、辺りに広がる無数の魔族の骸を照らしている。


剣をゆっくりと下ろす。

涼しげな風の中、未だ冷めやらぬ血が刀身を伝い、滴となって地面へとこぼれ落ちた。


「俺はいったい、いつまで戦い続ければいいのだろうか」


自嘲気味に呟いて、そのまま自分の手を月へとかざす。

すべてを浄化するような銀色の光。

そんな月の光に照らせてながらも、その手もまた、血に赤く染まってみえた。








◆◆◆







夢を見た。


とても言葉で言い表せないような、そんな夢を見た。

夢とは、忘れるために見るものだ。

僕らの整序(せいじょ)された認識世界から零れ落ちる零下の物想いたち。

何かに似ている。と思いつつ、僕はその何かが僕の良く知る誰かの不幸に繋がらないことを祈った。






「……んああ」


気怠さを引き摺り、身体を起こす。時計に目をやると、朝の7時となっていた。

睡眠というのは体の良い忘却を伴うものであり、夢に出てきた鮮烈な体験も、何処か彼岸の彼方の出来事のような朧気な記憶となってしまっている。


窓から差し込む陽射しと、穏やかな小鳥のさえずり。

随分と清々しい朝だ。変わらない日常というものは存外に幸福なものである。


「さて、と……」


快活な朝を思う存分に堪能した僕は、遠のく暖気に名残惜しさを感じつつも布団から這い出るように立ち上がる。


僕はもう夢を見たことなんてすっかり忘れていた。


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